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「紅実の後悔と自責」

 午後の授業、2のAは自習を言い渡されており、教室ではあちこちから会話が飛び交っている。


 「聞いた?三ツ木が退学させられたんだって」

 「え…!?それ本当?」

 「あ…俺もさっき、職員室覗いてたらそんな話をしてたの聞いたなー」

 「あー良かった。午前中教頭に呼び出されて出てったきり戻って来なかったから、もしかして…って思ってたんだよねー」

 「確かに良かったよな。今のあいつ、マジでヤバいもんな」

 「あんな化け物、もう二度と会いたくないね」

 「なんか三ツ木って、虐めを見て見ぬふりしてた俺たちにも切れてたよな?」

 「仕方ねーだろ、誰も中里に歯向かえないって。それなのに三ツ木の奴、俺らまで恨むとか、お門違いだっての」

 「それな。とにかくあんな化け物が退学してくれてホント良かったわー!」

 「私も!何故かイケメンになってて眼福だったけど、あんな酷いことを平気でするような人は、さすがにねぇ?」

 「中里と後原のやつもまだ入院してるみたいだし、このクラスやっと平和になりそうだな!」

 「私も、板倉さんがいなくなってくれて正直ラッキーって思ってるし。あの子、女子の私たちにはすごく見下すことあるから嫌いだったんだよねー」

 「後原もいなくなって清々したぜ。虐められてたくせに中里の腰巾着になった途端威張り散らしてたから、ウザかったんだよな」

 「つーか、自分を虐めた奴とよく親しくできるよな。理解できないんだけど」


 2のAの生徒たちは自習そっちのけで、溜まっていた鬱憤を吐き出すように会話や陰口に花を咲かせていた。シュートに加えて中里や板倉までいなくなったことも喜ぶ生徒の数は半分以上にものぼる。前から心の中では、カーストトップだった彼らのことを疎ましく思っていたのだ。

 男子たちは不良の顔を持ち親の名を持ち出して威張っている中里が、女子たちは男子生徒たちを侍らしたり同性を見下したりする板倉が、それぞれ学校に来られなくなったことを大いに喜んでいるのだった。ついでに後原の陰口も多く出てきた。


 「……………」


 若干騒がしくなった教室の中で、紅実だけは黙って俯いていた。いつもの彼女なら、これだけ皆が騒いでいたら自習時間であろうと静かにするよう注意喚起しているところだ。しかし今日に限っては彼女は委員長としての務めを全うする気にはならなかった。

 紅実の頭の中の大半は、退学処分をくらったシュートのことで埋まっていた。紅実が知る彼は元々あんな暴力的ではなかった。正義感がある真面目な生徒で、去年は自分と同じ委員会の仕事を一緒にしたこともあった。会話を重ねていくうちにシュートが自分と似た考えを持っていることを知り、そこにも好感が持てた。


 いつしか花宮紅実にとって三ツ木柊人は、気になる男の子となっていた。


 ―――

 ――――

 ―――――


 紅実とシュートが初めて顔を合わせたのは、中学一年の一学期の春、最初の風紀委員活動の時だった。彼女が抱いたシュートに対する第一印象は、普通の男の子だった。


 一学期が始まってしばらく経ったある日、委員会の先輩に任された膨大な仕事に紅実が苦戦していたところに、シュートが歩み寄ってきて、


 (忙しそうだね。良かったら僕にも手伝わせてもらっていいかな?)

 (え……あ、ああ。そうしてもらえると助かる!)


 誰も関わろうとしなかった紅実の手伝いを買って出たのだった。頼んでも誰からも断れるだろうと思っていた紅実にとって、予想外のことだった。


 そうして二人はこの日初めて、面と向かって会話をした。お互い部活には入っていないこと、電車通いか徒歩で通っているかどうか、この前の成績はどうだったかなどの会話を交わしていくうちに、二人は打ち解けていった。


 (その……変な質問になるのだけど、三ツ木君にとって、正義ってなんだと思う?)

 (うーん……やっぱり、弱くて困っている人を助けること、だと思ってる。まぁ小さい頃から観てる特撮アニメとか戦隊ヒーローとかの影響を受けてるだけだって言われるかもしれないけど……)

 (いや、そんなことはない!私も、三ツ木君と同じ考えだ。弱い人や困っている人を率先して助ける…それも見返りを求めずにそうする。今日三ツ木君が私を手伝ってくれたように。

 とにかく、正義ってそうあるべきじゃないかって思うんだ)

 (うん……世の中の人たちも、みんなそうだったら良いんだけどね)

 (三ツ木君とはとことん考えが合うようだな、とても嬉しく思う!)

 (僕も、こんな話ができる人がいて良かったっていうか……)

 (?何かまだ言いたそうに見えるけど、どうしたんだ?)

 (えーと、親しい人…友達からは僕のことシュートって呼んでるんだけど、花宮さんも良ければ、そう呼んでほしい、な…)

 (シュート……良いあだ名だな!うん、シュート君。だったら私のことも名前で呼んでくれ)

 (ぅえ…?く、紅実さん……)

 (それだと他人行儀に聞こえるぞ。紅実で良い。私の友達もそう呼んでる)

 (あ、はは……同い年の女の子を名前呼びって、中々ハードル高いなぁ)


 お互い、価値観が合う数少ない理解者を学校で見つけた。これからもこんな話をしたり遊んだりするような仲になれるかもしれない。


 ―――

 ――――

 ―――――


 ――――――はずだった。


 そんなシュートが翌年のある日、虐めを助けてあげたことが原因で不良たちから虐められるようになった。紅実は人を助けたシュートがどうして虐められなければならないのかと憤った。

 しかし虐めの主犯は中里優太、紅実にとって最悪の相手だった。彼の怒りに触れると、最終的には彼女の父親が解雇処分などの報復を被る羽目に遭うかもしれない。

 それを恐れた故に、シュートを虐めから助けてあげられず、ただ彼に気休め程度の言葉をかけることしか出来なかった。

 そんな無力な自分を、紅実は心底悔いていた。


 (私に勇気と、中里君の脅しにもどうにか出来る力がもっとあれば……シュート君があんな暴力で解決することを選ばずに済んだはずだった。彼の手を汚さずに助けられた、かもしれなかった……)


 後悔と自責で苦悩している紅実を友達が心配そうに声をかけてくる。紅実は友達に大丈夫と返すが、心の中はひどく澱んだままでいる。


 「シュート君……力になってあげられなくて、すまない……。

 君の言う通り、私は弱い人間だったんだ………」


 こうして、紅実が学校でシュートと最後に顔を合わせたのが、今朝の最悪な空気の教室の中となってしまった。彼女がこの学校でシュートと会うことはもう二度と無くなった。

 そして後日、地元の警察署に自分の叔母が刑事として赴任したことを知った紅実は、今回の事で彼女へ相談しに行くのだったが、時すでに遅しである。





 現在のシュートについて。

 中学校を退学させられたものの、まだ13才ということもあって未だ義務教育が適用される中にあるシュートは、その教育方針に則って地元の公立中学校へ転校することが決まっていた。その転校手続きを両親が仕事の片手間にこなしている。

 私立中学校に進学していなければ本来その中学校へ進学するはずだったシュートが地元の中学校へ転校するのは今から約一か月後とのこと。その間のシュートは無職の少年として過ごすことになる。当然やることなどほとんど無く、あるとすれば異世界での冒険くらいであろう。

そんなシュートが今、この現実世界で何をやっているのかというと―――





 『やぁ、ハローチューブ!“SHOTショット”でございます!』ビシッ(敬礼ポーズ)

 『さて今回お届けする企画は―――』



 ――自主動画の配信活動をしているのだった。



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