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「もう不愉快という感情しか湧かない」2

 傲然とした態度をとり、煽る口調でクラスメイトに呼び掛けるシュートに、一人の男子生徒が近づいてくる。クラスのカースト上位にいて、中里たちによる虐めを見て笑ったことがある生徒だ。


 「な、何で……普通に登校して来てんだよ…?あんなことしておいて」

 「は?何でって、停学が解けたから今日から普通に登校しにきただけだけど?」

 「何だよそれ……この、人殺しが……っ」

 「いや殺してないから。半殺しにはしたと思うけど」


 男子生徒の非難をシュートは鼻で笑う。すると周りから囁き声が次々と上がる。


 「あそこまで痛めつける意味あったのかよ……」「あれはさすがに、無いよね……」「ていうか本当にこのまま出席する気なの?」「え、最悪なんだけど……」「怖くて授業に集中できねーよ……」


 口々に上がる自分への陰口に、シュートが切れようとしたその時、目の前にいる男子生徒が突然叫び出す。


 「早く、出て行けよ!」


 男子生徒は体を震わせながらもシュートを睨みつけて言葉をぶつけた。クラスメイトのほとんどが思っていることを、彼が代表して口に出したのだ。

 しかしそれは勇気とは言えない。怯えと恐怖故に出た言葉だった。事実男子生徒はパニックを起こしかけている。シュートが怖くてたまらなく、早く教室から出て行ってほしいと願っている。


 「はっ、何意味分からないこと言って……あ?」


 嘲りながら周りを見ようとしたところでシュートは気付いた。クラスメイトたちが、何故かまとまったように自分を睨んでいるということに。それが段々と一つの塊となってシュートにのしかかるようだった。


 「はぁ?何だよその目は」


 シュートはその光景が無性に腹立たしく思った。自分を非難する言葉も許せなかった。大きな力を得ても、他人の陰口を流すことが出来ない。体の成長に心が追いついていないから、シュートはこの状況にひどく腹を立てている。


 (見て見ぬふりをしたり笑ったりして、俺を見捨てておきながら……何なんだこいつらは。中里たちが明らかに悪いのに、どうして俺が針の筵に晒されなきゃいけないんだ?

 こんな時にだけ団結しやがって、たちが悪いにも程がある……っ)


 シュートの中から、破壊願望が芽生えてくる。


(こいつら、中里と板倉がどういう奴らなのかちゃんと知らないから…。俺だけが知っている。俺はあいつらに理不尽に虐げられたことがあるから。でもそれは、他の奴らには関係のない話として済んでしまう。だからこいつらには分からない。だから俺だけを一方的に非難しやがる……!)


 理屈は何となく分かっているシュートだが、感情が彼らを許すことを良しとしなかった。

 とりあえず目の前にいるこいつを壊そう、とシュートは立ち上がって男子生徒を睨みつける。睨まれた男子生徒は顔を盛大に引きつらせて床にへたり込んだ。


 「シュート君、ダメだ……!」


 紅実が慌ててシュートの前に立ち、彼の腕を掴んで止めようとする。


 「花宮、お前はどっちの味方なの?俺か、このクズどもか」

 「わ、私は………シュート君とみんながこんな、敵対してほしくないと、思ってる……」

 「敵対?そら敵対したくもなるだろ。虐めを見て見ぬふりをしたり見世物として笑ったりするようなクズどもなんか、全員俺の敵だ。

 そう、こつらは全員俺の敵だ!」

 「………!」


 シュートの剣幕に紅実は怯み、身を硬直させる。掴む力も弱くなって腕を離してしまい、シュートに悲しい目を向けることしか出来ないでいる。


 「何?お前はまだクラスがみんな仲良くなれたらなーとか考えてるわけ?もうとっくにそんな次元は超えてんだよ。俺とお前らとの関係はもう修復不可能なとこまでいってんだよ」


 シュートの言葉に紅実は何も言い返せないでいる。彼女も本当は分かっているのだ。シュートがクラスメイトたちと仲良くするあるいは上手くやっていくことはもう不可能に近いと。


 「私が……もっと早く、君が虐められてるのをどうにかしてあげられていたら………」

 「力が無いお前に、そんな期待はしてねーよ。まぁお前だけはクズじゃなかった、それだけは分かる」


 未だ床にへたり込んでいる男子生徒に蔑んだ一瞥をやったきり、シュートはもう何もしようとはせず席に座った。クラスメイトたちはそんなシュートをいつ爆発するか分からない爆弾としか思わなくなっている。全員もはや生きた心地がしない状態でいた。

 そんなクラスメイトたちにとって救いの訪問がきた。教頭がシュートを呼び出しにきたのだ。


 「大至急、校長室に来るように」


 それだけ言ってさっさと出て行く教頭を見たのち、シュートも教室から出ることにする。その際学生鞄も持っていく。


 (もうここには、俺の居場所なんて無い……)


 シュートはクラスメイトたちを完全に見限ることにした。悲しそうに自分を見ている紅実に冷たい一瞥を向けて、教室から出て行った。


「毎日毎日……俺を馬鹿にし、蔑んだクズどもが。お前らが俺を見捨てたことへの悲しみとか怒りとか、もう無くなってる。

 お前らにはもう、不愉快という感情しか湧かねぇよ。全員、死ねばいいんだ」



 紅実や2のAの生徒たちがシュートを教室で目にすることは、この日が最後となる。もう二度と彼をここで目にすることは訪れないことを、後に全員知ることになる。

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