自宅への道中は三人一緒だった。父・彰司が車で警察署まで来たことから、帰りはシュートもそれに同乗して帰った。
自宅に着いた時刻は18時頃。久々に自宅に帰ってきた母・羽佳理が冷蔵庫にある物を使って夕飯の支度をする。久々の親の手料理かー、とシュートはそう思うだけで、特に感慨深い気持ちにはならなかった。彼も今となっては家族への関心が薄まりつつにある。
数十分後、羽佳理が作った夕飯を三人で食べる。その間彰司が「柊人、食後に話がある。今日のことでだ。羽佳理も話に加わるように」という発言を除けば、三人は無言のまま食事をするのだった。
無言だらけの食事に、シュートはもう何とも思わなくなっている。三人揃った食事の時間は、シュートが中学生になってからずっとこの形となっている。たまに彰司が羽佳理と仕事の話をする以外、会話など無いに等しかった。
いつから、どうして二人とこんなに疎遠になったのかはシュートにも分からない。気付けばこうなっていた…としか分からないのだった。
食事が終わって羽佳理が洗い物作業を終えたところで、リビング内にて家族会議が始まった。内容は当然、今日シュートが学校で傷害事件を起こしたことについてだ。
「はぁ……。お前が傷害を負わせた生徒の中に、よりにもよって中里会長の子どもがいたとはな。その子は俺と羽佳理が勤めている会社の親企業…中里大企業の会長の息子なんだぞ。明日にでも、あの子に傷害を負わせたは誰なのかが会長に伝わるだろうな。厄介なことをしてくれたものだ……」
「それも深刻な問題ですけど、それ以前に……あなたが本当にあの柊人だなんて、未だに受け入れなれてないのだけど……。柊人、なのよね?」
億劫そうに溜め息をついて憂い言葉を吐く彰司と、シュートの容姿に戸惑っている羽佳理。シュートは羽佳理を安心させるべく、シュートにしか知り得ない自分のことをペラペラと話した。それを聞いた羽佳理はやっとシュートを受け入れた。
「ん……?中学生は成長期の全盛にあるのだから、これくらい大して驚くものじゃないだろう」
「じゃああなたは、去年の柊人がどれくらいの背丈だったか憶えてますか?顔も半月前と比べて随分大人っぽくなってますよ?」
「………いや、全く記憶に無いな。家に帰ってきても柊人の顔を見ることはあまりなかったからな」
彰司の言葉にシュートは内心呆れため息をつく。この父親は実の息子に対する関心がどれだけ薄いんだ、と思わずにはいられなかった。
「話を戻すぞ……柊人、自分が今日どれだけのことをやらかしたのか、分かってるのか?」
「あんまり…?俺はただ、自分に酷い虐めをしてきた人間のクズを壊れるまで痛めつけた、としか思ってないから」
「虐め……?お前は学校で虐められてたのか?」
まずそこからかよ……とシュートはまた溜め息をつく。羽佳理は以前から何となく察していたようで、あまり動じていない。
「どうして、私たちに相談しなかったの?言ってくれれば柊人が今日みたいなことしないように出来たかもしれなかったのに」
「言っても二人は自分でどうにかしろ、ただしこっちに迷惑がかかるようなことはするなよ、としか言わなかったんじゃねーのか?」
「……………」
「そんな、ことは………」
二人とも押し黙って何も言い返さない。図星も同然だった。
「親父と母さんに迷惑かけたことには(ほんのちょっとだけ)反省してる。けどあいつらをボロクソに痛めつけて壊してやったことへの後悔は全くしていないから。それとも何?俺は仕返しすることなくあいつらに黙って虐められてれば良かったわけ?」
「お前が手を出した相手の中に会長の息子がいたことが問題なんだ。そうじゃなかったら、ただの子ども同士の傷害沙汰など小さな案件だ。警察を動かす程でもあるまい」
それって、中里以外だったら誰に傷害を負わせようが大した問題にならない…って言ってるのと同じじゃねーか、とシュートは彰司のあまりのドライさに少し呆れる。
「やっぱり、中里を壊したのはまずいのか?親父たちが」
「当たり前だ。事と次第によっては、中里会長の権限で俺たちは良くて左遷、悪ければ首を切られることもあり得る。そして目をつけられてしまい、今後の仕事あるいは再就職に大きな支障をきたすことになるやもしれない」
三白眼をじろりとシュートに向けながら、彰司は疲れ気味にそう話した。次いで羽佳理もシュートを責めるような目で見つめる。
「なんか…左遷とかリストラとか、えぐい可能性のこと話してる割には、あまり焦ってないように見えるんだけど。もっとこう、わーっ!って怒鳴ってくるかと思ったけど」
「………実は、あと半年以内に俺と羽佳理とで会社を立ち上げて、中里大企業から独立するつもりでいるんだ。だから左遷や減給程度の処分、今さらどうということはない。さすがにリストラは少し厄介だが」
「……………(マジかよ、初耳だよ。両親揃って、今いる会社から独立して新しい会社立ち上げるとか)」
シュートは自分だけ置いてけぼりかよ、と面白くない気持ちになる。両親は共に中里大企業の傘下にある製薬会社に勤めており、二人とも会社内ではそれなりの地位にいる。そんな二人はあと半年程で中里大企業から独立して、新たな製薬会社を立ち上げる計画を立てている。
「はぁ……。恐らくだが今後は中里大企業に色々圧力をかけられることになる。家族が路頭に迷うようなことになることはないだろうが、中里会長に目をつけられることはほぼ確実だろうな。全く、厄介なことをしでかしてくれたものだ」
彰司はシュートを非難する目を向ける。そんな彼の視線を浴びたシュートは、自分の心が冷えていくのを感じた。二人ともさっきから、自分たちの今後のことしか話しておらず、「あること」に全くふれていないからだ。
「………親父と母さんは、俺が虐められてたってこと、どう思ってんだよ?俺さ、かなり酷い目に遭ってきたんだよね。学校でほぼ毎日暴力や罵声を浴びせられて、私物は汚されて、さらには無実の罪を被せられもしたんだ。なんか…言うことないの?」
シュートは返ってくる答えに期待せずに二人に質問する。二人ともシュートの体を隅々まで見てくる。
「………体に異常は無いか?骨や内臓に異常があるなら、病院で診てもらった後に会社から薬も持ってこよう。効果は期待出来ないが病院の診断を証拠に虐めを受けていたと主張すれば、少しは味方が増えるだろう。
あと使えなくなった教科書とかノートがあるなら、それも新調しておこう」
「いや、それも必要なんだけどさ………」
彰司が真っ先に気にするところに、シュートはやっぱりか…と失望する。
「虐めは自分で解決出来そうなんでしょ?もしまた問題ができたら今度は私たちにちゃんと言うのよ?くれぐれも安易に暴力に走ったらダメだからね?」
羽佳理は少しは気にかけてくれたものの、大して親身にはなっていない。
「そうだな。お前はまだ義務教育下にいる子どもだから大きな罪に問われることはないだろうが、問題起こすのはこれきりにしろよ?何せお前が通っている中学校は全国でも名門とされる私立中学なんだからな」
彰司が続いてそう言って、家族会議を終えた。
(………まぁ、分かってはいたけど……俺のことあまり見ていないし、心配もあまりしてくれなかったな。どっちかというと、自分の仕事のことの方を気にしてんじゃねーか)
結局はいつもとほぼ同じか、とシュートは心が冷めていくのを感じた。
(毒親……とまではいかないと思うけど、ものすごくドライで無関心寄りなんだよなぁ。まぁ虐められるお前が悪い、とか言ってこないだけまだマシか……)
シュートは両親との折り合いをつけた。もう二人に期待をするのはやめよう、と決意もしたのだった。
「あ、そうだ。親父、ここ最近地下室から変な音が聞こえるんだけど」
気持ちを切り替えたシュートは、思い切ったことを聞き出す。自宅の地下室に存在し続ける謎の黒い渦巻きが二人にも見えるのかどうか確かめる為である。
「地下室から……?」
「俺が勝手に入るの嫌だろ?だから一緒に確認してよ。母さんも一緒に」
そう言って二人を地下室へ誘導する。階段を下りていくごとに渦巻きから発される音が大きくなる。
「何か、聞こえない?」
「……?いや、何も」
「私も何も聞こえないけど」
二人の同じ返事にシュートは眉をひそめる。彰司が地下室の扉を開けて中へ入る。シュートの目には部屋の中心に黒い渦巻きがあるのを映し出している。その中へ入ればすぐに異世界へ行ける。
しかし両親ともに、黒い渦巻きを前にしても何も言わなかった。リアクションすら皆無だった。
「この部屋に何かあると思うんだけど……」
「……仕事の資料以外、何も無いように見えるが。ネズミでも入り込んでるか?」
目の前に黒く渦巻いている物体に対して、彰司も羽佳理もノーリアクションだった。否、正しくは……
「何も、見えてないのか?」
「?何がだ?」
二人の目には黒い渦巻きが映ってなどいなかった、ということになる。
(俺にしか、この黒渦巻きが見えないし、音も聴こえないんだ……)
また一つ異世界関連で分かったことが増えたシュートだった。