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「取り調べ」3

 菫も後ろにいる大藤刑事も小さく息を呑む。シュートが述べた内容もそうだが、彼

から発されたプレッシャーに気圧されてしまっている。実際この時のシュートは感情的になったことでついスキルを少し発動してしまっていた。

 またシュートは自分に酔ってもいた。中里たちに虐められて以降、正義の意味を大きく変えてそれを理想とするようになった。それからしばらくして異世界で力を得たことでその理想が実現出来ると確信し始めた。異世界の力を手にして強くなり、何でも出来るようにもなった自分に、シュートは陶酔するようになった。

 今だってシュートは正しいことを述べたのだ、とも思っている。しかしそれはやはりシュートだけがそう思っていただけで、大人の刑事たちはそうは思っていない。


 「………年頃の少年が、考えそうなことだな。いや、それよりも未熟、か」

 「なんだと?」


 大藤の言葉にシュートは思わず反応して、彼を睨みつける。大藤はふんと小さく息を吐いて続ける。


 「君はまだ中学生…まだまだ若い。世の中には嫌なことが腐る程にある。そしてそれらは自分に嫌と言う程降りかかる。

 虐めは確かに良くないことだ。仕返したい気持ちも分かる。しかし感情のままに動いては、今の君のように罪に問われることになる。君が今日やったことは、下手をすれば殺人になるところだったんだぞ」

 「はん、別に死んでくれたって良かったんだ、あんな奴ら」

 「………自分が何を言ったのか、分かってるのか?」

 「もちろん。あいつらは理不尽に人を傷つけたり陥れたりするような、最低のクズだ。あいつらを復讐で殺さなかったのは、俺があいつらに殺されるまでのことをされなかったから、それだけ。もし俺があいつらに刃物でぶっ刺されて、死ぬ間際まで追い詰められでもしてたら、迷わず殺してやったさ」

 「その結果、三ツ木君が犯罪者として扱われて、何十年もしくは一生刑務所で過ごすことになっても、そうするつもりなのかい?」


 菫が二人の口論に割って入る。


 「もちろん。やられた分を少し過剰にしてやり返すのが復讐だと思ってるから」

 「自分の人生…何もかもを犠牲にしてでもかい?」

 「それを犠牲にして自分が救われるのなら、喜んでそうしてやる」


 シュートの躊躇の無い返答に二人とも眉をひそめる。


 「考えもしないで答えるな。後でどうにでもなると思い込んでいるようにしか見えない。傷害だけでも罪は重いんだぞ?ましてや複数の人間にそれをするなど…」

 「どうにでもできるんだよ。俺には凄い力があるから」

 「まだ中学生とはいえ君はあの名門校の生徒なのだろう?そんな学生が、そんな子どもじみたことを言うとはな」

 「……さっきから何なんだあんたは?俺と同じ学生だった頃はどうせ、さぞ不自由なく生きてたんだろうな。理不尽な虐めに遭うこともなく、友達に恵まれたような奴。そんなあんたに、理不尽な虐めを受けてきた俺の気持ちなんて分からないから、そんなことが言えるんだ!」


 シュートはそれだけ言って大藤から目を逸らす。彼とはもう何も話さないつもりでいる。


 (頭脳と精神面はまだ年相応…いやそれ以下か。傲慢で、馬鹿にされることを嫌う。そして幼稚な思想……まさに未熟な子供だ)


大藤は少ない会話で相手を見抜くのを得意としている。彼はシュートの未熟さを見抜いていた。


 「………大藤刑事の言う通り、三ツ木君はまだ未成年だ。何でも決断を下すにはまだ早いと思う。君が言ったことが本当に正しいことなのか、ゆっくり時間をかけて考えるべきだ」

 「……………」


 菫の諭しをシュートは内心鼻で笑う。何が正しいかどうかは、自分で決めれば良い。二人の刑事の言葉を、シュートは忘れることにする。そんな彼を菫は複雑な気持ちを抱いて見ている。


 (……何が大切なのか。この子が何を大切に想ってるのか。それがきちんと分かってあげれば、もう少し説得が出来ると思うのだけど……)


 再び黙って調書を記しながら、菫はシュートのことについて思考する。


 (正義…この子にとっての正義が大切なものだとするなら、厄介ではあるね……。この子は自分を傷つけようとする者を、手段選ぶことなく排除して良いと考えている。

 破壊願望のある思春期の子どもも、世の中にはそれなりにいる。けれど大抵の子どもは年を重ねて大人へ近づくにつれて思い描いていた行いが物理的・常識的に不可能と分かるようになり、浅はかだったと理性が働いて、描いていた破滅的な考えは次第に消えていく。それが“普通”だ。だけど……)


 菫はちらとシュートを見る。そしてわずかな汗を滲ませる。


 (だけど……この子から伝わる自信、この目で見ていないから分からないが、この子が持つとされてる未知の力…。さらにこの子にある傲慢性と破滅的思考、それらによる危険性。

 この子は将来、幼い頃…というか今思い描いている危ない願望を実現させてしまうかもしれない。

 この子はまだ思春期の年頃だから、純粋さがある。何でも吸収して、影響されやすいところもあるかもしれない)


 菫はこれまで非行に走った何人もの未成年を補導し、犯罪を犯した未成年を取り締まり、相対したことがある。その中でもシュートはこれまでの問題児を凌駕するやもしれない超問題児なのかもしれない、と彼女は危惧するのだった。

 異世界の力があることなど知りもしない菫たちにとって、シュートは大口をたたく子どもとしか思っていないが、菫はシュートが口に出したこと全てが少なくとも嘘ではなく本心から言ったことであると推測していた。


 菫が調書を記し終えた直後、電話が鳴って大藤がそれに応じる。そして二人に聞こえるよう内容を告げる。


 「君の両親が署に来たと報告が入った。事前に勤め先に連絡していたとはいえ、早い到着だ」


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