シュートはおもむろに事件の動機を答えていく。自分が最近まで中里たち不良グループに虐められていたこと、その前から虐められていたクラスメイトにまで虐められていたこと、嘘告白とストーカーの濡れ衣を着せられたこと、クラスメイトにも担任の教師にも見て見ぬふりをされて助けてくれなかったこと。自分がどれだけ理不尽に虐げられたか、悪意にまみれた罠に陥れられたかを、シュートは時折感情的になりながらも全て話した。その間花宮は真剣な表情で彼の話を聞いていた。
「そうだったんだ……。三ツ木君は虐められていたクラスメイトを助けたことで、その虐めの主犯の子たちから虐められるようになったんだね。虐められてる間は誰も君を助けようとしなかった……。さらには一人の女子生徒に酷い嘘をつかれて、無実の罪を被せられた……。そんな彼らに復讐したいと思って、今日の事件を起こしたんだね?」
「はい」
「でもどうして今日だったんだ?この目で見たわけじゃないから信じられないのだが、三ツ木君一人で教室をめちゃくちゃにしてクラスメイト数人に重傷を負わせたんだよね?そんな力があったのなら、虐められ始めたその日からそんな力を使おうとは思わなかったのかい?」
「その頃の俺には、まだそんな力が無かったから。強くなれたのは最近だった。だから今日復讐を実行しました」
「今日の為にずっと鍛えて強くなったってことかい?」
「まぁそんなところです」
「少し私情が入った質問になるのだけど、三ツ木君はさっき虐められてる間はクラスメイトの誰からも見て見ぬふりをしていたって言っていたけど、それは紅実も同じだったのかい?」
シュートは数秒沈黙する。やがて口を開く。
「………あいつだけは、虐められてる俺に話しかけてきました。暴行を受けて汚れた制服を見て気にかけたりもした。虐めのことは俺が言わなくても気付いていたようで、どうにかしようとしてました。まぁ何もできはしなかったけど」
「そうか……。答えてくれてありがとう」
菫は一言礼を述べると、手元にある調書にシュートから聞いた内容を記していく。そこからしばらく沈黙が続いたのち、今度はシュートの方から話を切り出す。
「見て見ぬふりをするばかりのクソ教師どもじゃなくて、初めから警察のあんたらに虐められてるって通報しておけば、俺がこんな加害者扱いされずに済んだのですかね?」
「そうかもしれないね。理由はどうあれ三ツ木君は暴力を振るったんだ。それもかなり重度の暴力を」
「じゃあ今日みたいなことをせずに、あんたたちに通報だけしてれば良かったのですか?今まで自分が受けてきた暴力や誹謗中傷の分をそのままやり返すことは抑えて……自分が本当にやりたいことに蓋をしてろってことだったのですかね?」
「………そういうことに、なるね。でも三ツ木君は警察に通報も病院への申告もしなかった。それとも、出来なかったが正しいのかな」
「………虐められている自分を曝け出すことが惨めで、恥ずかしいって思ってたから。そんな自分を他人に知られたくなかったから……」
「そうだったんだね。だからここに通報することも病院に診てもらって申告することも出来ず、自分の力で解決しようとしたんだね。
でも結果として、こうなってしまっている。たとえ憎くてもやり返してしまえば虐めの主犯側と同じ穴に落ちることになる。三ツ木君なら分かっていたと思うけど」
「俺は……それでも全然構わない。だからあいつらに復讐しました。あいつらに刻まれた痛みや屈辱をそっくりそのまま返さないなんて、それは俺の正義に反することだったから。復讐を我慢する自分が、誰よりも許せなかったんです」
「正義………」
調書に文字を記しながら、菫はシュートをじっと見つめる。彼と彼の家族の詳細をある程度把握した彼女は再び思案する。
シュートは健康に生まれて病気にもなっておらず、親もどちらも健康で働きにも出ている。そのお陰で家庭は裕福寄りで、シュートにとって不自由など無いようなものだ。
言うなれば、三ツ木柊人という少年は…両親との距離が最近遠いことを除けば、恵まれた家庭環境で育てられている。
だからといって、学校での虐めを我慢して良いという理由にはならない。恵まれた子どもが不当に、理不尽に虐められて良いわけなどない。
「質問するよ。三ツ木君が考えてる正義って何かな?君が思う正しいとは何なのだろう?」
菫は真面目な表情でシュートにそう問いかける。するとシュートはどこか面白そうに笑った後、真顔になって答えるのだった。
「まず前提として、俺が不幸にならない、損をしない、害されない、得をする、幸せになれること。
そしてそれらを一つでも侵そうとする敵…自分がクズだと思う人間を排除するということ。それが俺が考える正義です」