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「取り調べ」

 刑事課のデスクにて、二人の男刑事が雑談している。


 「さっき連行されてきたあの少年、羨ましいよなぁ。事情聴取の担当が花宮さんなんだからよ」

 「ホントそうだよなー。花宮菫さん……名前の通りむさくるしい刑事課の中で咲く一輪の花!俺の心を癒してくれる方!」

 「いい年して何言ってんだよお前。昨日合コンでまた失敗したからって……」

 「うるさい!外での出会いが無さ過ぎて、最近そろそろ職場恋愛でいこうかなって思い始めてるくらいだ!」

 「ここでの職場恋愛とか、そっちの方が絶望的じゃねぇか……。それよりも、今日はどうして花宮さんは唐突に事情聴取を担当したいって言ったんだ?」

 「ああそれはな、何でも今から聴取受ける少年が通ってる学校が、あの名門私立中学校の生徒だって聞いて、それが理由かは知らないけど自分が担当したいって頼み込んだそうだぞ」

 「へー。あの学校に知ってる人がいるのかな?花宮さんがこの署に配属されたのは最近のことだから、あの人のことまだ何も知らないんだよなぁ」





 取調室の一つにて、シュートと女性刑事が対面する形でパイプ椅子に座っている。しばらくしてから出入り口の扉付近で中年の刑事が様子を見ている。シュートには手錠も拘束具も付けられていない為、万が一彼が暴れても即対応出来るようにと待機している。

 仮にシュートがここで暴れた場合、刑事二人でもどうにもならないというのが確固たる事実となるのだが、この時点での二人には知る由もない。


 「改めて、まず君の名前と年齢を教えてくれるかな。あと生年月日も」

 「………三ツ木柊人。13才。2006年8月31日生まれ」

 「ん…そうか、“あの子”と同じ学年だったか……え?君どう見ても高校生か大学生にしか見えないけど、本当に13才、中学生なのかい?」

 「はい」

 「そ、そうか……(最近の子どもって成長が早いのかな)。ああそうだ、さっきも名乗ったけど改めてこちらの自己紹介もさせてもらうよ。

 私は花宮菫。最近この署に転勤してきた刑事だ。後ろにいる刑事さんは私の上司、大藤さんだ。見た目通り怒りっぽいひとだ」


 女刑事…花宮菫が茶化した調子で後ろにいる刑事も紹介する。大藤という刑事はんんっと咳払いして目を逸らす。そんなどうでもいい紹介を聞き流そうとしていたシュートだったが、彼女の苗字に反応してしまう。


 「………花宮?」

 「ん…?もしかして花宮と聞いて誰かが浮かんだのかな?もしかして紅実のことではないかい?」

 「あいつの母か何かですか?」

 「ふふっ、私は紅実の叔母…あの子の母親の妹だ。私は独身だから、子どもも当然いない」


 シュートは花宮…菫の顔を確認してみる。紅実と血縁関係にあると言われれば確かにそうかも、と思われる。雰囲気や男っぽい口調などが紅実を思い出させる。


 「私がここの地域に引っ越してきたのも最近で、家は警察の寮暮らしだから紅実のことはあまり聞けていないのだけど。君は紅実のことを知っているんだね?」

 「まぁ、同じクラスなんで、それなりには」

 「そうだったか!紅実は学校では元気でやれてるだろうか?」

 「真面目でクラスメイトたちの模範となる委員長で、友達もまぁまぁいるそうすね」

 「ふふ、そうか。私の姉やあの子の父親、私の母に似て、紅実も誠実で真面目な子だからね」


 紅実のことで色々質問されることに、シュートはうんざりしていた。同じ気持ちだったらしく大藤もわざと咳払いをして菫に先を促す。無論彼女は職務を忘れて雑談に興じたわけではない。シュートに警戒を解かせて、友好的に会話を重ねることで自分に何でも話せるよう心を開かせるのが目的だった。

 改まった態度をとった菫は、次はシュートの家族構成についても聞き出す。それからようやく本題に入る。


 「さて自己紹介や雑談はこれくらいにして、これから君が起こしたとされる私立天成中学校での傷害事件についての事情聴取を行う。まず…今回の事件を起こしたのは、三ツ木君で間違いないかな?」

 「まぁ、はい。あのクズどもを再起不能になるまで壊したのは、俺ですね」

 「クズども、か……。傷害を負わせた生徒は十人近くいたそうだね。そのうち五人が重傷を負っていて病院に緊急搬送されている。

 三ツ木君はどうして、彼らに重い傷害を負わせたんだい?」


 質問しながら菫は内心肝を冷やしている。彼女は事前に今日の傷害事件の被害内容について目を通している。

 重傷を負った男子生徒四名は、首から下の体の骨がいくつも折られており、爪や歯の欠損、さらには片目が抉り取られていて失明もしている。

 女子生徒一名も腹部(子宮)が負傷、顔の皮を深く剥がされており筋繊維が剥き出しになっているとのこと。

 他の生徒数名もあばら骨が折られており深刻な傷を負っていて、男子生徒四名に至っては殺人未遂事件にもなりかねない程の傷を負っている。

 そんな大量傷害事件を起こしたのが、目の前にいるたった一人の男子中学生だというのだから、正直まだ信じられない気持ちが拭えないでいる。


 (なんて目をしているんだ……。まるでいくつもの修羅場を経験したような、それとこの世の何もかもに対して怒りを抱いているかのような……)


 菫がまじまじと見つめるシュートの目は猛禽類を思わせる程に鋭く、この世に憎悪しているかのような昏い瞳をしていた。さらにはシュートの佇まいにも注目する。まるで達人の武人かのような雰囲気が彼から醸し出されている。かつて剣道で日本選手権や国体の賞を獲った経験がある菫には容易に理解出来る、シュートがただ者ではないということを。

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