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「クソな私立中学校」

  シュートはテーブルをバンと叩いて、自分が受けた被害と屈辱の内容を告げる。硲たちが冷や汗をかいてしばらく黙っていると、校長室に誰かが者が一人入ってきた。2のAの担任である青野だ。数分前意識を取り戻した彼は保健室から慌ててここへ来たのだ。


 「噂をすれば何とやら。このクソ担任は中里たちが虐めをしていたことを知っていた。知ってた上であいつらを検挙しなかった。自分の保身とか体裁を優先して、俺への虐めを黙認していたんだ!教師の風上にもおけないクズが!」


 シュートは椅子から立ち上がって青野に指差して、わざと感情的になって糾弾する。先程シュートに恐怖を刻まれた青野はまた顔を蒼白させて身を震わせながらどうにか口を開いて反論しようとする。


 「そ、それは……三ツ木が自分で問題を解決して、そうやってお前の成長を促そうと、だな………。」

 「自分で解決ぅ?だからそうするべくお前に相談を持ちかけたのに、お前がにべもなく俺を追い払ったんだろうが!

 それに何なの、成長を促そうって?虐めは未成年だろうと犯罪行為だ。確かに俺が無力だったから解決できなかった。だったらそれを解決するのが教師であり大人であるお前だったはずだ!

 勉強を教えるだけじゃなくて生徒の安全で平穏な学校生活を保障するのも教師の仕事じゃねぇのかよ!?お前はただ、自分の仕事を放棄してただけだろうが!解決できなかった俺が悪いだとか、絶対言わせねぇからな!」

 「う、ぐぐぐ……!」


 シュートの数々の主張に青野は言葉を詰まらせて唸るしかなかった(半分はシュートの怒りの形相に怯えてたからでもある)。

 シュートの意見は、悪いのは虐めを行った加害者にしかあらずであり、その虐めから生徒を守る義務を果たさなかった教師にも罪が問われるべきだと思っている。否…大人である分青野の罪はさらに重いだろうとも思っている。


 ここからシュートは、虐め行為をした中里たちへの正当な処罰と虐めをわざと放置した青野の懲戒処分を確立するべく弁舌を振舞おうとする。しかし今までの話を聞いていたはずの校長は、


 「……ここ最近学校でそんなことがあったのはよく分かった。追って対処する。では次に、本日の放課後前に三ツ木君が起こした、大勢の生徒への傷害騒動について――」


 バンッッ


 シュートが怒りに任せて再びテーブルへの台パンを繰り出す。


 「おい……。まだ虐めのことの話が終わってねぇだろうが。あいつらとそこのクソ担任の処罰の話がまだだろうが……!」

 「ついさっき校長先生が追って対処すると仰っただろうが!君の立場は今から、虐めの被害者から今日の傷害騒動の加害者として変わったんだ!」

 「俺が加害者ぁ?話をすげ替えるな!今はまだ、俺が虐められていたことの話だろうが!勝手に終わらせるな!!」


 教頭の意見にシュートの怒りのボルテージがさらに上がる。そこからシュート一人と教員たちによる意見のぶつかり合いが始まる。それは続く程紛糾していき、収拾がつかなくなろうとしていた。


 (詭弁を並べるだけ並べて、自分たちは悪くないって主張しやがって!どいつもこいつも自分のことを棚に上げて、不都合なことから目を逸らして、無かったことにしようとして、地位も何も無くて攻撃しやすい俺を糾弾してばかり……!何なんだこの学校の教員どもは?知名度が高くて名門校のくせして、中身はこんなクズばっかしかいないのか……っ)


 シュートの苛立ちは最高潮に達していた。一方の硲たちも何の地位も権力も無く世の中のことをまだよく知らない子どもの相手にうんざりしていた。

 彼らが何故中里たちの処分をすぐに決めないのかには理由がある。正確には中里優太一人に対して処罰を躊躇っている。彼の父親は国内トップクラスの大企業の会長であり、この私立中学校はその中里会長から多大な出資を貰っている。

 中里優太がたとえ虐めなど悪事を行っていようと、それを検挙して彼が逆上などしてしまえば、父親にあることないことを告げて、出資が打ち切られるかもしれない。

 それを恐れた硲は、全教員に対して中里の非行・悪事にはなるべく触れないこと、彼を贔屓するようにと言い聞かせているのだ。

 結局はシュートが推測した通り、学校全体が中里優太を庇っていることになる。保身や資金の為。あとは硲自身が口に出していた、この学校に傷がつくことの忌避、世間体を気にしてのことだった。


 (うすうす予想していたことだけど、こいつらは結局中里が怖いんだ。正確にはあいつの父親に睨まれるのが怖いだけなんだ。そいつの機嫌を損ねて自分の地位がどうこうなるのが嫌だから、中里を加害者として挙げようとしないでいる。そして虐めのことも世間に公表しないつもりだ。学校の評価を汚すことになるから。

 この校長どもはそうやって、全部無かったことにしようとしてるんだ……!)


 シュートは怒りで歯をぎりぎりと軋ませる。その推測はまたも正しく、硲たちは中里たちによるシュートへの虐めの件もシュートが起こした傷害騒動も世間に公表させまいとしている。上手いこと無かったことにして処分する方針を立てている。そして学校の中でだけ目に見える形で今回の騒動の処分を公表するつもりだ。

 処罰する対象はシュートだけとなり、中里には何の処罰も科さないつもりでいる。


 (自分たちが正しいってばかりほざいて、権力と地位がある奴には媚売ってすり寄るだけ。こいつら全員、反吐が出るほどの腐った大人だ。

 これ以上話し合いをしても無駄だな。

 いっそここは思い切り暴れて、ムカつくこいつら全員壊して何もかも終わらせてやろうか――)


 頭に血を上らせたシュートが思考を放棄して、本能のままに動こうかと提案したその時、校長室の扉を叩く音が響いた。近くにいた生活指導の教師が扉を開けて対応しようとすると、彼はギョッとした反応を見せる。硲たちが何事かとそこに目を向けると、扉の方から警察の制服を着た男たちが入ってきた。というより警察官たちである。


 「練馬警察署の者です。この学校から殺人未遂の暴動があったとの通報を受けて駆け付けました。こちらにその事件に関係している人がいると生徒さんから聞いたのですが……」


 警察が来たことに硲は内心かなり動揺していた。今日のことも内密にしようとしてた矢先の警察の到来である。因みに通報したのは2のAの生徒の一人である。シュートの支配から逃れて安堵したところで、彼を学校から排除するべくこうして通報したのだ。


 「こ、今回の騒動を起こした犯人は、ここにいる生徒です」


 犯人だと?とシュートは憤りを見せる。警察官の一人が訝しい目でシュートを見る。この子たった一人が暴動を起こしたのかと疑問に思っている。


 「2のAの生徒数名に大きな傷害を負わせた上に、教室中をめちゃくちゃにもしました!被害を受けた生徒はみんな、重傷です!」


 ここぞとばかりに青野がシュートを指して彼を罪人に立てようとする。そのことにシュートは青野に殺意を込めた目で睨みつける。青野はその視線にビクつくも内心ざまぁみろと毒づく。シュートを完全に悪人にしてやろうと企んでいる。

 そんな青野の考えを悟ってか、硲たちもシュートを非難するような言葉を発していく。


 「事情はある程度把握しました。え、と…三ツ木柊人君で良いんだよね?通報内容の重要参考人として、今から一緒に署に来てもらうからね」


 二十代と思われる男の警察官が、目に見えて激怒しているシュートを宥めるような口調で話しかける。


 「ちょっと待てよ。連れられるのは俺だけなのか?俺への虐めを隠蔽しようとしてるこいつらや、虐めの主犯のあいつらも連行するべきじゃないのかよ?」

 「ごめんね、通報にあったのが君が起こしたとされてる傷害事件のことだけだったから。君が言う虐めについては署で詳しく聴くから、大人しくついて来てくれないかな?」

 「……………」


 シュートはこのあとどうしようか思案する。今の自分なら警察官たちの包囲も簡単に突破出来る。かといってそれはそれで後々面倒なことになる。主に現実世界での暮らしに支障をきたすことになる。

 反抗するよりもここは大人しく警察署に同行するのが良いかと判断するのだった。

 結局自分の思い通りにいかなかったシュートは激怒したままである。担任の青野や校長の硲に然るべき処罰を確立させられなかったのが悔しくて堪らなかった。


 「お前ら、もしこのまま何もかも隠そうとするなら、絶対に後悔させてやるからな……!」


 扉から出る直前、シュートは教師たちの方へ振り向いてそう言い残したのだった。


 「………ふん。世の中をよく知らないガキが、偉そうにべらべらと。何の権力を持たないガキが何を言ったってどうにもならないということを、向こうで思い知るといい。

 たかが一生徒の虐めなんかで我が校に傷がつけられてたまるか」


 シュートと警察官たちがいなくなってから、硲は歪んだ笑みを浮かべてそう吐き捨てた。

 この私立中学校はシュートが指摘した通り、「クソな私立中学校」であった。





 警察官たちに連行される(ように見えている。実際のシュートの手には手錠はかけられていない)シュートを、教室から見ていた紅実はひどく動揺していた。彼女に注目される中、シュートを乗せたパトカーは警察署へ発進する。


 学校から約20分後、警察署に着くとシュートは署の中へ入っていき刑事課へと連れられていく。手錠をかけられてないとは言えこれじゃあ犯罪者じゃないか、とシュートは不愉快そうに顔をしかめる。一方の刑事たちは連行されているのが有名な私立中学校の制服を着た少年であることを珍しく思っていた。

 連行された先に辿り着いたのが、刑事課にある取り調べ室だった。パイプ椅子に座らされたシュートが出されたお茶を飲みながら待っていると、一人の刑事が入室してきた。さっきまでの警察官たちと変わって女性刑事である。長い黒髪をポニーテールで括っており、出るところが出ていて容姿端麗な見た目をしている。

 その女性刑事はシュートを見て友好的に微笑みかける。彼の警戒心を解くための微笑である。


 「待たせてしまってすまないね。

 今から君の事情聴取を担当する刑事…花宮菫はなみやすみれだ。よろしくね!」

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