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「この程度で済んだ」2

 「他、嘘ついた奴は……お前。あとお前もだな」


 メキィ!バキャ!ゴキィ!


 その後すぐに嘘をついた男子生徒たちも数人、痛めつけて壊した。実際彼らは全員、今朝シュートの下駄箱や靴箱を汚していた。


 「確かにクラスの何人かから酷い虐めを受けていたとはいえ、これは流石に……。下手をすればみんな死ぬところだった……っ」


 悲しそうに諫める紅実を、シュートは鼻で笑った。


 「逆だよ。むしろ、…が正しいんじゃね?」

 「な………!?」


 あっけらかんとしたシュートの返事に紅実は声を詰まらせる。


 「考えてもみろよ。もう分かってると思うけど、今の俺は人を簡単に殺せる力を持ってるんだぜ。

 そんな俺は、このクソゴミどもをしたいくらい憎んでいる。もし俺がさらに短気な性格だったら、こいつらはとっくにぶち殺されてたと思うんだよね」


 「こ、殺され……」


 シュートの言葉に紅実は酷く動揺する。人が生きるか死ぬかの事態に、自分が関わることなどあるはずが無い…ずっと思っていただけに、クラスメイトたちが死ぬかどうかという局面を前にした紅実は、平静さを保つことに必死になっている。


 「けど、こんな(一応は)平和な世界、この日本という国で殺人はまずいなーって思ったから、こうして死なないギリギリの範囲で止めておいてやってんだ。さっきからずっと抑えている衝動に抗って、このクズどもを殺さないでおいてやってるんだよ」


 シュートは悪魔を思わせる笑みを浮かべて、紅実を睨む。


 「だからな?お前らは、“殺さないでいてくれてありがとうございます”……ってこうべを垂らして、感謝すべきなんだよ!俺の慈悲のお陰で、お前らはこの程度で許されてるって思うべきなんだよ、馬鹿どもが!」


 上から目線、そして自分本位に満ちた暴論を前に、紅実は理解を放棄しそうになる。かつて仲が良かったクラスメイトが、自分が到底理解出来ないことを言っていることに恐怖もしている。


 「シュート君が、こんな……。私は………っ」


 というかさ、とシュートは紅実に対して言葉をぶつけ始める。


 「花宮、お前って結局は空虚な正義感を振りかざしてるだけだよな?規律を重んじてみんなの模範となる生徒を振舞っているようだけど、このクラスで起こっていた虐めに関しては全く解決しようとしなかったじゃん」

 「え………?」

 「以前の後原のことも俺のことも知ってたくせに。そんなお前は中里たちに強く出ることはせず、他のクラスメイトたちと一緒に、目を逸らして知らんぷりしていたじゃねーか」

 「そ、それは…」

 「服装や身だしなみ、持ち物の規制。遅刻にもしっかり注意するようなお前。勉強も学校行事も真面目に取り組むお前。そんなお前だけど、虐めや暴力だけは見過ごすんだー、って思ったよ。

 かと思ったら、俺の“これ”は全力で止めようとするんだ?」

 「………!」

 「何なの?このクズどもがやってきたことは見過ごして、俺に対してだけはそうやって糾弾しようとするんだ?何、お前は人を選んで物を言うタイプなの?カーストが高いこいつらには反発せず、カーストが低い俺にはあれこれ言う。

 はっ、何だそれ、中途半端な正義感ぶりやがって!」

 「……っ!う、く………」


 紅実は何も言い返すことが出来ない、言えることが無かった。彼女が中里たちの虐めに対して何もしなかったのは、中里に弱みを握られているからだ。

 以前から中里に、自分のやることに口を出したり先生たちに通報したりして邪魔をすれば、紅実の父親が勤めている会社から彼を解雇させる、と脅されていたのだ。

 中里の父親は大企業の会長であり、紅実の父親はそこのグループ会社のうち一つで働いている。会長の一言で紅実の父親は簡単に左遷もしくはリストラに遭わされ、彼女の家族が路頭に迷うことだってあり得るのだ。

 故に紅実は中里のグループに対してだけ強く出られないでいるのだ。当然このことはシュートにもクラスメイトの誰にも言えないでいる。


 「すまない、それは………」

 「まぁ仕方ないよな、花宮だってなんだから」


 か細い声で謝る紅実に、シュートは非難する態度から一転、彼女を同情するような態度をとる。


 「“弱いことは罪だ” これってアニメとか漫画でよく聞くセリフだと思うんだけど、あれって現実においてもあながち間違いじゃないと思うんだよね」


  どかっと机の上に座って話を続ける。


 「力が無ないと以前の俺みたいに、ただ蹂躙され虐げられるだけ。そこのクソ女が言ってた、“自分で解決できないお前が悪い”って言葉、それも間違ってはないと思うんだよね。身に降りかかる害悪は自分で何とかすれば良かったんだよ。そうする為の力が無い・足りないってんなら、強くなれば良かったんだ。今の俺みたいにさ」


 どがんと、シュートは隣の机に拳を振り下ろして破壊する。その音に全員がびくりとする。


 「だからまぁ、花宮に対して特に恨みはもう無いし、ムカついてもない。虐められてる間、お前だけは俺を気にかけてくれてたしな。まぁ委員長としての振る舞いをする為だけだったと思うけど。

 けど、花宮以外のほとんどは別だ。虐めを見て見ぬフリをするだけじゃなく俺が虐められてるところを見て嗤っていたお前ら。同じ様に知らないフリをして中里たちを庇いやがったクソ担任。正直お前ら全員、中里たち程まではいかないものの、ぐちゃぐちゃにしてやりたいんだよねー」


 シュートの軽い調子から出た内容は恐ろしいもの。クラスメイトたちは再びパニックを起こし始める。次は自分たちの番だと思い、戦々恐々している。


 「シュート君!こんな私が言える身ではないのは承知している。それでも言わせてほしい、もうこれ以上みんなを傷つけないでくれ!!」


 自分の前に立ち塞がって両手を広げて説得する紅実に、シュートは面白そうに笑い、復讐で壊れたクラスメイトたちを順に見回しながら口を開く。


 「こいつらが……俺が止めろって言ったのを素直に受け入れて、真っ当な生徒に更生してくれてたら、俺が惨めな虐められっ子にならずに済んで、こいつらだってこんな無惨な目に遭わずに済んだんだ。

 不毛で理不尽な暴行や虐めにうつつを抜かしてたから、こうなってんだよ。おまえらやそこのクソ担任も同じだ。見て見ぬふりなんてしてなきゃ、こんなこにはならなかったんだ。

 何もかも、お前らが撒いた種だろうが」


 シュートの言葉に紅実も他のクラスメイトたちも何も言い返せないでいる。青ざめた顔のまま口を閉ざすことしか出来ないでいる。シュートの主張が完全に正しいと認めているからだ。


 机から降りて誰から壊してやろうとシュートが行動に移ろうとしたその時、教室の両ドア前を塞いでいた土砂が突如消失する。

 そして同時にそのスライドドアが勢いよく開かれて、教員が数人入ってくるのだった。

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