ホームルームでのひと悶着が終わり、午前の授業も問題無く進んでいった。授業中も次の授業までの休み時間も、シュートに関わろうとする生徒はいなかった。中里と後原は違うクラスにいる谷本と大東に今朝のことを話しに行き、板倉はシュートのことを気味悪く思い、休み時間は教室から抜け出していた。
「シュー、……三ツ木君。その…君は本当に三ツ木君……なんだよね?」
一限目の休み時間、誰もがシュートから距離を置いている中、紅実だけが彼に話しかけてきた。以前のシュートならば雑にあしらって教室から出たり狸寝入りをきめたりして会話を避けていたのだが、今日の彼は復讐を前にうきうきしていた為、紅実との会話にも応じることにした。
「顔……そんなに変わってるか?」
「う……っ 顔はそんなに変わってはいないと、思うぞ?その……一学期の最初の頃に戻ったようで、カッコ良くなったと思う……」
シュートの顔を見つめているうちに顔を少し紅潮させて目を逸らす紅実だが、その間のシュートは彼女の方を見てすらいなかった。完全に目を合わせようとはしない姿勢だ。
「どちらかというと、随分身長が伸びたとしか言えないかな……。私が君を最後に見たのは先週の金曜日の午前中だったから、あれからたった三日間で君はそうなったのだろう?」
「うんまぁ、成長期ってやつかな。それで身長が一気に10㎝以上も伸びたんだ。俺自身もビックリしてる」
「そ、そうなのか……」
相変わらず目を合わせようとしないシュートだが、紅実はそれを気にすることなく会話を続けようとする。かつて仲が良かったシュートとの久しぶりの会話が、嬉しく思っているからだ。
「あと、雰囲気もけっこう変わったようにも見えるよ。自分のことを俺って言ったりとか……」
「あーうん、あの三日間、俺も色々あったから……」
それからしばらく沈黙が続いたのち、あれから三日間何があったんだ、と紅実が意を決して尋ねようとしたその時、シュートの席に寄ってくる女子生徒が一人、声をかけてきた。
「ねぇ、三ツ木君ってさ、今彼女とかいないよね?」
2のAの生徒間にはいくつかグループが存在する。中里や後原のような男子のカーストトップグループ、板倉のような女子の…以下略。他にもカースト真ん中のグループもあればカースト下位のグループも存在する。因みにシュートは虐めが原因でどこのグループにも入っていない。最底辺ボッチである。
そしてそんなシュートに新たに話しかけてきた女子生徒は、板倉グループの次のカーストグループに位置している生徒である。いきなり会話に割って入ってきた女子生徒に紅実はムッとするも、その生徒は気にすることなくシュートに積極的に話しかけてくる。
「いないけど、だったら何?」
「やっぱりいないよね~~!ほら先週までの三ツ木君って中里君とかのせいでアレだったじゃん?けど今日からなんかすっごく変わってて私ビックリしちゃった!」
「用件な何なわけ?ぐだぐだうぜーんだけど」
「んな……っ」
「………!」
すげなく言葉を放つシュートに女子生徒も紅実も思わず言葉を詰まらせる。彼女たちが知っているシュートはこんなにも無愛想で冷たい返事をするような男子だったのか、と戸惑わずにはいられなかった。女子生徒はやや顔を引きつらせながらも自分が言おうとしていることを言う。
「今日の放課後、私と遊びに行かない?カラオケとかゲーセンとかにさ!」
「……………」
女子生徒は誘っている。イケメン化したシュートに見惚れて、我先にと彼をデートに誘って、あわよくばそのまま付き合おうとまで考えていた。そういった意図を何となく察した紅実が小さく狼狽する中、シュートは相変わらず誰にも目を合わせないまま正面を見ているだけだった。
「ね、ねぇ。どうかな?こっちを見て―――「 嫌に決まってんだろ、馬鹿が 」――え……?」
女子生徒の声を上から押し潰すように、シュートは再び冷淡な声で返事した。女子生徒はしばし呆然としていた。
「今までずっと、俺に関わろうともしなかったくせに。俺が中里どもに虐められているのを笑って見てたくせに。今話しかけてきたのもどうせ、俺の見た目が良くなったからだろ?」
「そ、それは……っ」
「お前なんか友達ですらねーよ。分かったら早くどっか行けよ。
つーかお前誰だっけ?名前忘れたわ」
目を合わせないまま容赦の無い言葉を浴びせてくるシュートに、女子生徒は一言二言恨み言を喚いてから教室を飛び出して行った。その目には涙が溜まっていた。
「し、シュート君……」
紅実はおろおろした様子でシュートと女子生徒が出て行ったスライドドアの方を交互に見やる。今のやり取りを見聞きしていたクラスメイトたちも、シュートの変わりように困惑していた。
「今まで俺を…虐められている俺を滑稽だ無様だな…って笑ってたくせに、容姿が良い方に変わったことを理由に、今までのことをなかったことにして、ああやって取り入ろうとする。
すっげー手のひら返し。醜いなぁ。人間って醜いよなぁ」
誰に聞かせるつもりもない言葉をぽつりと呟くシュート。クラスメイトたちは虐められていたシュートをただ傍観しているだけの日々を送っていた。誰一人としてシュートを助けようとはしなかった(紅実だけはどうにかしようとしていたが、失敗に終わっている)。
ところがそんなシュートの容姿などが良くなったと知るや否や、飴玉にたかる蟻のように近づこうとするクラスメイトの態度に、シュートは苛立ちを募らせていた。
さらにはシュートは現在、女性不信に陥ってもいる。先週の板倉による嘘告とストーカー濡れ衣の件で、女子からのアプローチ=害悪と判断するようになった。故に先ほどの冷淡な対応である。
*例外を挙げるとすれば、異世界のサニィくらいである。
「その……ホームルームの終わりに、中里君が君に何か言っていたようだったけど、何を言われたんだ?」
気を取り直した紅実はさっきしようとした質問とは別の質問をした。
「へぇ見てたんだ?まぁ今までと同じだよ。昼休み自分のところへ来いだって。今日は屋上らしいわ」
相変わらず目を合わせないまま素っ気なく返事するシュートに、紅実は「また彼らが……」と憂鬱げに俯く。
「いやぁ本当に丁度良かったよ。俺も今日はあいつらに用があったんだよ。屋上…今日の昼休みの間だけは、あいつら以外誰も来ないでほしいな~~」
「………中里君に、いったい何の用があるのか、聞いていいか…?」
軽く伸びをしながら呟くシュートに、紅実は躊躇いがちにそう尋ねる。ここでシュートは初めて紅実と向き合った。彼女の顔をしばらく見つめたのち(その間紅実は少しドキドキしていた)、シュートは、口を三日月の形のようにニタリと歪めて―――
「 あいつらを 中里たちを
残忍な笑みを浮かべて、そう答えるのだった。
「……………い、いったい何を、言って……っ」
予想もしなかった答えを聞いた紅実は、狼狽えて言葉を詰まらせてしまう。そんな彼女を見たシュートは面白そうに笑って、
「――って言ったら、どうする?」
からかうように言葉を付け足した。
「は……え?シュート君?」
「一瞬だけ真に受けてて草生えたわ。嘘だよ嘘」
けらけら笑うシュートに紅実がその真意を問いかけようとしたその時、次の授業が始まるチャイムが鳴ったので、彼女は仕方なく自分の席へ戻るのだった。
(さっき言ったことは、嘘じゃない気がする……。本当に殺しに行くつもりはないようだったけど、あの言葉には嘘が全く感じられなかった…。
それに、シュート君から一瞬感じた、言葉で表せない“何か”……。怒り?殺意?……そんな威圧感があった……。
シュート君、本当に君はどうしてしまったんだ…?)
シュートから一瞬だけ感じられた得体の知れないプレッシャーを思い出しては、体を微かに震わせる紅実であった。
それから昼休みの時が訪れるまでの全ての短い休み時間中、シュートは紅実からのこれ以上の追求や他のクラスメイト女子たちからのアプローチを避けるべく、教室の外で過ごしていた。
そして昼休み。紅実はいつも昼を一緒にしている友達に断りを入れて、シュートのもとへ行こうとする。彼が中里たちに何か危険なことをしようとしているのではと危惧していたからである。シュートの席に目を向けた瞬間、紅実はあれ?と目を凝らす。
「さっきまで、席に着いていた……はず」
目当ての机と椅子は空席となっていた。紅実の探し人は、チャイムが鳴ると同時に「空間転移術」で一足先に外へ出ていた。
三階から四階へのフロアには人がそれなりにいたが、そこからさらに上へ行くと人気が一気に無くなる。屋上はこの中学校では不人気のスポットである。その主な理由が、中里のような不良グループが溜まり場として使っていることが多いことにある。
故に屋上へと続く階段はいつも人気が無い。しかし今日はそんな場所に近づく生徒がいた。
その男子生徒は、素敵な考え事をしていたからか、大層楽しそうな笑みを湛えていた。
「………………(ニタァ)」