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「2のA」2

 中里が何か言おうとしたところで始業のチャイムが鳴り、それからすぐに2のAクラス担任の教師…青野が教室に入ってきて「席につけ」と呼びかける。中里は小さく舌打ちして自分の席へ戻る。他の全員も席についていく。

 七三分けの黒髪で黒縁眼鏡をかけている青野は教卓に学校用のクリップボードを広げて出席を取り始める。そしてシュートの名前を口にしてその席を目にした瞬間、青野は自分の目を思わず疑ってしまう。


 「み、三ツ木……なの、か?」

 「はい、ここに座っている自分は三ツ木柊人で合ってますよ。青野先生」


 絶句してシュートを凝視する青野の反応を、誰もがそうだろうなと納得している。青野は気を取り直して残りの出席を済ませて、ありきたりな連絡事項も口早に言ってホームルームを終わらせようとする。そこにシュートが手を挙げて待ったをかける。


 「先生、俺から言いたいことがあるんですけど」

 「み、三ツ木……なんだよな?何だ?」


 青野はシュートに未だ戸惑いが隠せない表情を向けて話を許可させる。シュートは席から立ち上がると、はきはきした声でこう告げるのだった――


 「俺はひと月程前からずっと、ここにいる中里優太と後原健から虐めを受けています。ついでに言うと他のクラスの谷本一純と大東大介からにも暴行を主とした虐めを受けています。

 さらには先週の木曜日に、そこの板倉ねねが、俺が彼女にストーカー行為をしていたという濡れ衣を……無実の罪を着せてきました。同時に嘘の告白で俺を騙した……は別に挙げなくていいか。

 とにかく、俺は彼らから酷い虐めや理不尽を強いられてきました。なので然るべき処置をお願いします」


 迷いのない態度からしっかりと発せられた声による虐めの被害報告に、教室にいる全員が呆気に取られている。中里も板倉も後原もシュートがこんなところで声を大にして通告するとは思ってもおらず、動揺するのだった。

 今までのシュートは、虐めのことを相談するのにこのような通告などしたことはなかった。せいぜい職員室に足を運んで担任の青野や生徒指導の先生などにひそかに相談するくらいしかしていなかった。

 そしてそのどれもがまともに取り合ってもらえずに終わっている。理由はシュートの言うことが信じられないのが半分、自身の保身や学校の体裁を守ろうとしている校長の意思に従ったのが半分だった。

 異世界で身が大きく成長し心が不遜で傲慢変わったシュートは、こうして初めて今までの虐めを皆の前で明るみに暴露したのだった。


 「な、何を言うのかと思えば……。三ツ木、そのことは以前にも職員室で言ったはずだぞ?このクラスに虐めは存在しない。その…ストーカー行為のことも、私は一切関与しない。目撃者だって誰も名乗り出てないじゃないか」

 「でも俺は以前から実際に、中里たちから何度も暴行を受けています。空き教室や校舎外の見えないところ、屋上など人目がつかない場所でしか虐めが行われてなかったので、目撃者が少ないのも当然です。中里たちはそうやって巧妙に卑劣に、先生たちの目にとまらないようにして俺を虐めてたんです」

 「それは全部三ツ木が勘違いしているだけだろ!?第一、が虐めなどと卑劣な行為をするはずがないだろう。この学校の生徒の模範となるくらい優秀な子が、そんなことするはずがない。別の誰かと勘違いしているんじゃないのか?」


 しかしこれだけ大々的に暴露をしても、青野はシュートの言うことを受け入れようとはしなかった。自身の身の振りを考えた故の逃げである。そんなシュートと青野のやり取りを見ている中里は、顔は笑っているものの内面ではシュートに対して怒り狂っていた。

 だがシュートはそれ以上の憤怒を内に溜めていた。彼にとって今の通告は言わば最後通牒だった。今ここで中里が虐めの主犯であることを追求してくれるのなら、青野だけは見逃してやろうと考えていた。

 ところが青野の返答は依然として保身に走ったもの、教師としてあるまじき行為をとったものだった。


 (まぁ……予想はしていたけどな)


 内心ほくそ笑んでいるシュートは、剣呑な雰囲気を醸し出して表情も険しくさせる。


 「良いんだな?お前の対応は、本当にそれで良いんだな?後でやっぱり無し……は、もう聞かねーからな?」


 シュートの得体の知れない言葉の圧力に青野は言葉を詰まらせる。周りにいるクラスメイトたちもシュートの豹変に怯んでいた。


 「な、何だその言動は!?先生に対してその態度……そんなだから誰にも信用されないのだお前は!」


 教師としての威厳をどうにか取り繕ったつもりの青野は声を大にして言い返して、シュートとの話を終わらせる。


 (あっそ。じゃあそっちがそのつもりなら、お前にも容赦しねーからな、青野)


 シュートは青野も復讐対象にしてやる、と心に決めたのだった。そんな彼を、中里は今にも殴りかかりに行きそうな目で睨んでいる。先生の目の前で殴り飛ばすわけにもいかずの中里は、憎々しげに睨みつけながらシュートに小さな声で告げる。


 「昼休み、屋上に来い。今日は逃げんじゃねーぞ」


 それを聞いたシュートは歪んだ笑みを浮かべて中里を見返した。


 「丁度良いや。俺もお前に用があるんだ。いつものメンツも揃えておけよ」


 いつもなら俯いて何も言わなかったシュートのどこまでも傲然とした態度に、中里は鬱憤をさらに募らせるのだった。


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