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「2のA」

 シュートが在籍している2のAの教室では、くすくすとあちこちから笑い声や噂話が飛び交っている。その内容はどれも板倉たちが言い広めたシュートの悪い噂である。「ストーカー濡れ衣」の件は、三日前から全員に伝わっていることだが、土日の休みを跨いでもその話題に対する盛り上がりは未だ絶えずにいる。

 板倉の協力者の女子生徒が以前撮影した、シュートと板倉が写ってる写真は学校の裏掲示板で晒されており、そのせいで学年全体にも例の件が知れ渡っている。しかもその写真はシュートが板倉に言い寄っているように加工されており、シュートが本当にストーカーしていたのだと誤認されてしまっている。


 教室のあちこちから発されるシュートを貶めた発言を、発信源であるカーストトップの板倉ねねと、不良の顔を裏に持つ中里優太は面白そうに聞いている。


 「なぁ三ツ木の奴今日学校来ると思うか?」

 「いやーどうだろ?あんな目に遭えばもう来なくなるんじゃないかな?」

 「あっははは!だとしたら傑作よね~~!」

 「もし今日ここに来たらどうしてやろうかなぁ、くくく…!」


 自分たちが流した噂が原因で先日早退したシュートが、今日どんな顔してここに来るのかと想像しては、中里は同じ不良グループの後原健と一緒になって笑うのだった。

 一方クラスの委員長である花宮紅実くみは、それを快く思わずにいる。今となってはぎくしゃくとした関係になっているとはいえ、シュートとは仲が良かった間柄の彼女にとって、以前から騒がれているシュートの悪評を耳にするのは嫌な気持ちにさせられていた。


 (シュート君……今日も学校を休むのだろうか)


 心配げに前のドアに目を向けたその時、そのドアが無造作に開かれたのだった。





 2のAと記されているプレートがある教室のドアを、シュートは無造作に開けてずかずかと中へ入る。その大きな音を耳にした彼のクラスメイトたちは一斉に前ドアに注目する。シュートが予想していた通り、始業時間前であることもあってクラスメイト全員が教室にいた。


 「え………だ、誰あの人?」「さぁ?転校生じゃね?」「ていうか背ぇ高っ、足も長いし…中里よりもデカくね?」「し、しかも顔もすごく良いんだけど…」「やだ、モデルみたい…話しかけてこよっかなー」「何なんだよあのイケメン……」


 今のシュートが「三ツ木柊人」であることを、誰一人として気付くクラスメイトはおらず、皆遠目からひそひそと話しながら彼を見るだけでいる。紅実も同じように「誰だろう?」と疑問に思っている。そんなクラスメイトたちの反応を見たシュートは笑いを堪えながら教室内を歩いて、自分が使っている席に着いたのだった。

 そんなシュートに声をかけるべく席に近づく者がいた…中里である。彼の目には知らない生徒がシュートの席に座っていることとして映っており、それを訝しく思って尋ねてくる。


 「お前、誰だよ。今日来た転校生か?」


 紅実や板倉、後原もシュートの席に注目している。クラスメイト全員が中里と同じ疑問を抱いている。そんな彼らの予想通りの反応が見られたことを、シュートは愉快そうに笑って、


 「はぁ?一応クラスメイトだろうが。しかも何度も(悪い意味で)関わってるだろ?俺だ。

 三ツ木柊人だ」


 何言ってんだ?といった表情でシュートはそう答えたのだった。すると今度は中里が「お前何言ってんだ?」と言いたげな顔になる。


 「「「「「……………」」」」」


 中里はシュートが今まで見たことがないくらい間抜けな顔を晒していた。教室にいるクラスメイト全員も同じような表情を浮かべている。


 「じょ、冗談はやめろよ。どう見てもお前があの三ツ木だと?このクラスで底辺野郎のあいつだぞ?」

 「その底辺野郎だった奴だってんだよ。じゃあ以前の口調で喋ろうか―――だよ。どこからどう見ても僕は、三ツ木柊人だろうが」


 シュートの声を聞いた紅実が小さくあっと声を漏らす。彼女だけは以前のシュートの口調に反応していた。


 「いやいや…おい、意味が分からなさすぎるだろ!?」


 しかし中里は一向に納得していなかった。板倉や後原たちも同じことを思っていたようで、全員これでもかというほど目を見開いている。


 「整形手術でもしたっていうのかよ?そういえばお前、先週の金曜日は早退してたもんな」


 実際は異世界で急激に強くなった影響で今の姿になった…と言うわけにはいかないとのことで、シュートは不敵に笑うだけにしておいた。その態度が気に障った中里は顔を悪意に歪める。


 「あの前日の放課後、ねねをストーカーしていたお前は教室でねねに告白して、無様にフラれたよなぁ?その翌日俺たちがそのことをここのみんなに言いふらしたんだった。で、空気に耐え切れなくなったお前は逃げたんだよな?あれからもう学校に来なくなるんじゃねーかって、さっきまでみんな話してたんだぜ。お前が三ツ木だってんなら、当然覚えてるよなぁ?」


 ニヤニヤしながらあの日のことを挙げてシュートの心を抉ろうとする中里。板倉と後原も同じように悪意含んだ笑みを浮かべている。


 「傑作だったなぁ!お前が教室から逃げたことを知った時は笑っちまったぜ!けどそれもそうだよなぁ。自分がストーカーしてたことも告白してフラれたことも、みんなに知られて平気なわけないもんなぁ!つーかお前が三ツ木だってんなら、よく学校に来られたな!?それとも転校届けでも出しに来ただけなのかなぁ?」


 シュートを指差して嗤う中里につられるようにクラスメイトたちもくすくすと笑い声を上げる。紅実だけは笑わずシュートを心配そうに見ているだけだった。


 「あっはっはっはっは、ははははははっ!!」


 そんなクラスメイトたちの笑い声を上から被せるように、シュートはさらに大きな笑い声を上げた。机をバンバン叩きながら大笑いするシュート(しかしその目は全く笑ってなどいない)に、中里たちは思わず笑うのを止めてしまう。


 「な、何をそんなに笑って―――」


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