三度目の異世界生活を終えて、シュートは自宅に帰り着く。地下室から一階のリビングへ上がって時計を確認すると彼の予想通り、転移前と同じ時間を示していた。
「こうなるって分かってたから、異世界が朝になるのを待ってたんだよな。これからも朝と朝、夜と夜で、行きと帰りの時間を合わせて転移しよう」
三度目ともなれば異世界転移のコツも掴めたシュートだった。部屋に行くと携帯電話に留守電とメールが入っており、内容は彼の父親からの今週分の生活費を振り込んでおいた、ことの報告だった。
シュートの父親は彼の為につくった銀行口座を持っており、そこに毎週シュートが不自由しない分だけの生活費を振り込んでいる。家にいることが少ない両親である故に、手渡しする手間すら省いてのことだった。電話のメッセージから聞く父親の声は機械的なもので、シュートの様子を伺うような言葉は皆無だった。当然学校の様子を聞くこともなかった。
(今日二人が家に帰ってくるなら、今の俺を見てどう思うのかな?泥棒と勘違いされて通報…もあり得るかも)
「あーっ、あーあーあー」
シュートは声を出して自分の声を聞いてみると、声も成長に合わせて若干変わっていることにようやく気付いた。
「声も変わっちゃったし、ますます気付かないかもな」
両親に成長した自分を見せるべく、昼か夕方には帰ってくるかなー、と二人の帰りを待ってみたシュートだったが、結局二人が帰ってくることはなかった。稀にある一週間丸ごとの社宅泊まりであった。
「………そうだ、試してみたいことがあったんだ」
自分の部屋の物をどかして広さを取り、その中心地に手を向ける。これから魔術を使うつもりである。
「家を建てたことで凄くパワーアップした土魔術で、鉄とかも創れるようになったんだよな。
もし、高価な金属類もつくれるようになってるとしたら……?」
シュートにはある好奇心と下心を抱いていた。その欲求を叶えるべくあるイメージを描きながら、土の魔術を発動した。すると部屋の床にある物質が生成されていた。それは光沢があり質量もかなりある物で、それこそがシュートが望んでいた―――
「マジで、“金”がつくれるようになってる~~~!?」
床にある金を手にしてみると確かな質量があり、触ると金属の感触がするのだった。紛れもなく金であると確信したシュートは、自分が人生勝ち組の路線に踏み入ったような気持ちになった。
「ただ……やっぱりすごく、疲れるなぁ(ぜぇ、はぁ、ぜぇ)」
金をつくった反動でどっと疲れが出たシュートは汗を噴き出して倒れ込んだ。今回つくった金の量は約500gであり、質が高い物質であるほどたとえ少量の生成でも尋常じゃない体力の消耗が強いられるのだと気付く。
「はぁ………土魔術だけめちゃくちゃ凄くなってんのな」
土の魔術を極めると高価な金をも錬成することが出来る。これが出来る異世界の人間はごく僅かとされており、さらに錬金した金を不当に換金することは異世界では違法となっている。
「でも、こっちの世界でだったら、いくらでも売っても大丈夫だよな?」
限度さえ守れば金の買い取り店へ売りに行っても大丈夫、お金がたくさん手に入る、とシュートはうきうき気分に浸っている。
「というわけで、早速換金だ」
疲労を抜いた後、リュックに金塊を入れてそれを店に買い取らせるべく外出することにしたシュート。自宅から金品を買い取ってくれる店までは徒歩30分程かかる。以前なら自転車で移動する程だったが、今のシュートにとって乗り物移動など不要だった。
とはいえ今まで買い取り店へ行ったことが無い為「空間転移術」での即移動は無理となり、普通に歩いて目的地へ向かうことになったのだった。
「ね、ね!見てよあの人!」「え……カッコいい、背も高いし……」
「誰あの人、凄くイケメンだよね?」「モデルさんかなぁ?」
「イケメン高校生?」「いやぁ、大学生かもよ?」
「細身でハンサムとか、タイプ過ぎるんですけど!?」
(…………………)
目的地までの道中のこと。すれ違う人たちから視線を向けられている、ジロジロ見られてるな、とシュートは歩きながらそう思う。実際にシュートを目にした誰もが一度歩みを止めて彼を見ていたし、その大半が女性だった。皆、シュートの容姿を目にして胸をときめかせていた。
「でもさ、あのイケメンの服……」「ぷっwwああ。サイズが合ってねぇよな」「リュックもなんか、登山にでも行くの?みたいな?」
中にはシュートを装いを見て笑う者もいたが、それらは全て女性たちに注目されているシュートへの妬みからの言葉だった。
(やっぱり服が小さいな。別の日に買いに行こう)
そう考えながら歩いているとシュートに近づいてくる気配が。声をかけられたシュートは立ち止まって声の主を見る。二人とも女子大生であり、服や態度からして遊び慣れている様子だ。
「お兄さんカッコいいね~~。私、一目惚れしちゃったかも!」
「今一人ですよね?私たちと遊びに行きませんかぁ?」
一人はいきなり距離を詰めて馴れ馴れしく話しかける茶髪の女子、もう一人はシュートの前を塞いであざとく首をかしげて話しかける黒ロングの女子。
「カッコいい?俺がそう見えるんですか?」
これまでシュートは人気がある道で声をかけられことがあったとしても、このようなシチュエーションになったことは無かった。内容は街頭のティッシュ配りか不良のカツアゲ絡みかのどれかだった。
さっきの多くの視線も同様で、シュートをカッコいいと思った視線など当然あるはずもなく、それどころか虐めでボロボロになった姿を惨めな奴だと蔑んだ視線しか向けられなかった。