先にノックダウンさせておいた傭兵ダンデも村の入り口まで引きずって投げ捨てたところで、傭兵とのトラブルを終わらせたことにしようとするシュートだったが、トッド村の人々にとってはそうはいかなかった。
「あの傭兵二人を、あんな少年が……っ」 「ブラッドウルフの群れといい、何者なんだ?」 「というか、用心棒が使い物にならなくなっちゃったぞ」 「またあんなモンスターたちが襲ってきたら誰が村を守るんだ……」 「ど、どうするんだよぉ……」
村民たちが口々に思うことを言い合う中、サニィがシュートのところにやってきて話しかける。
「シュート君って、魔術まで使えたんだね?魔術師だったの?でも、剣も達人に近いレベルの腕だったし…いったいどうなってるの?」
「えーっと、魔術については…あのローブ男が杖から炎とか電撃とかを放つのを見て、それを自分も同じように放つのをイメージし続けてたら……なんか使えるようになってました」
「み、見たのをイメージしただけで使えるようになるなんて、そんな人間初めてだよ……」
シュートの異次元さを目の当たりにしたサニィは、驚愕も一周回って呆れた様子で力無く笑った。彼女が他に何か話そうとしたところに、村長がシュートに話しかけてきた。
「シュート君……いやシュート殿、だったね?改めて、トッド村の村長のテムジという。モンスターの群れの退治については感謝しているのだが、我々の用心棒をあんなことにしてしまったのは正直………」
村長のテムジは感謝半分、何てことしてしまったんだ半分といった複雑な面持ちで言葉を途中濁らせる。ここまで言われるとさすがのシュートも気まずさを覚えて応答に窮してしまう。
「あの、村にとっては損害かもしれないけど、私にとってはあの二人があんな目に遭わせてくれたこと正直嬉しく思ってるよ!たぶん、私以外の何人かも同じ気持ちじゃないかな…?」
「ほっほっほ。まぁ儂個人として、も本心では胸がスッとした思いだよ。いくら依頼金を安くしてもらっていたとはいえ、彼らの度が過ぎた身勝手振りには大変悩まされていたのでな」
とはいえ…とテムジは顎髭を触りながら困った表情を見せる。
「今日から用心棒をしてもらうはずの傭兵たちがあの有り様になってしまった。また今朝のようなモンスターの群れが襲ってこないとも限らない。どうしたものか………(ちらっ)」
演技くさい独り言の後にあからさまにシュートをちらちら見るテムジに、シュートはその意図を何となく分かってしまった。
(これって、僕があの傭兵どもの代わりに用心棒をさせられそうだな………)
「シュート殿が用心棒やってくれるのなら、こちらから傭兵ギルドに、君が代理として依頼をこなしてくれたと連絡をいれるぞ?そうすれば報酬は君のものだ。どうだろうか?」
「あの……そもそも僕は傭兵じゃないんですってば。どこにも所属してない野良冒険者っていうか……」
「なんと!?本当に傭兵ではなかったのか!」
テムジは驚いた後さらに困った反応を見せる。そしてシュートに短期間の用心棒を務めるよう頼んできた。
「一週間程で良い。あまり多くはないが報酬も出すし、モンスターの素材も好きにして良いから、どうか請け負ってくれないか?シュート殿程の実力者がいれば、どんなモンスターが来ても安心出来る!」
「え?いや、えーと……」
シュートは返事を渋った。理由としては彼はこの異世界でもっと冒険をしてみたいと考えているのだ。短期間とはいえ同じ箇所に何日も滞在することは、シュートにとって抵抗があった。
「あんな最悪な傭兵たちとはいえ、一応は用心棒だったのよ?それを君が再起不能にさせちゃったんだし、これは責任とって欲しいな~~。でも君の都合もあるし、どうしてもダメなら諦めるしかないけど……」
「………っ」
サニィはここぞとばかりにシュートに責任を負わせようと言葉で攻めにかかる。彼女の本心としては、シュートをまだ手放したくないと考えてのこと。彼にはまだ聞きたいことがあるのだ。
「……………分かりました。じゃあ僕がしばらくの間、この村の用心棒を務めます」
「本当?頼もしいなぁ!」
「おお、引き受けてくれるか!」
サニィとテムジは顔を喜びに輝かせた。しばらく冒険に行けないことにシュートは内心がっかりしたのだった。
半日経ったところで、シュートにノックダウンさせられていた傭兵二人は目を覚まして(ずっと村の外で放置されていた)、トッド村への報復をダンデが何度も叫びながらギルドへ帰って行ったのだった。その間シュートはブラッドウルフたちの素材を剥ぎ取って、所持している素材を換金もしくは何かアイテムや装備への作成に使えないか村中を尋ねて回っていた。
村の中で出来ることは、鍛冶屋に素材を渡して装備を作ってもらうことくらいで、経済に厳しいこの村での素材の買い取りは成立されなかった。
今回得た素材を使って作成した物は、自前の物よりも丈夫でよく切れるナイフと、防寒・ダメージを多少軽減させられる狼皮製のコート、飛来物から頭を守るメットくらいだった。
その際に武器や装備の作製に途中参加したことで、シュートは新たなスキル「作製」を体得し、自分で衣服や装備服、武器を作ることが出来るようになった。
やがて夜になったところで、シュートは一旦自宅へ帰ろうと思い立った。この後の異世界ではしばらく娯楽が無いところに拘束されることもあって、今のうちに積みゲームを消化しておこうとのことだ。
新たに用意された家の中で「空間転移術」を使用して、草原のどこかに存在していた黒い渦巻きの前までワープする。そのまま中へ進むと数秒で見慣れた自宅の地下室へと帰還した。
「今回は得たものが多かったような気がするなー。次はもっと面白いことがあれば良いけど……」
異世界では夜だったが、元の現実世界に最後にいた時間が朝だった為、現地はまだ午前だった。そのことにまだ慣れないシュートだったが、特に気にすることなく夜までゲームをやっていた。この日学校は創立記念日で休みだ。
―――
――――
―――――
その日の夜、シュートは夢を見ていた。
最近まで見ていた夢は毎回酷いものだった。学校での虐めが原因である。そのせいでろくな睡眠もとれない日が続いていた。
しかし今日は今までのような、うなされる夢ではなかった。奇妙なことに夢の中でもシュートはベッドで横になっていた。
(体が……熱い。というより、何かがおかしい。全身が、落ち着かない)
自分の体に異変が起こっている。まるで、体の何もかもが作り替えられているような感覚が延々と続く。夢の中だからか、骨や筋肉がどれだけ変な音を立てて変異していても苦痛を感じることはなかった。それはそれで気味が悪い、とシュートはそう思わずにはいられなかった。
そんな奇妙な事象がしばらく続くが、知らないうちにシュートの意識は闇へ沈んでいった。
そして翌朝、シュートは体の違和感にすぐに気付いた。
(パジャマ……こんなに窮屈だったっけ?)
寝巻の上も下もいつも以上にきつく感じられる。成長期の真っ只中である中学生だからある程度身長が伸びたのかと、シュートは初めそう思っていたが、それにしては随分な成長では?と疑問を抱く。
窮屈になった寝巻を脱ぎ捨てて下着一枚姿のまま洗面所まで移動する。そして鏡に立ったシュートは、「それ」を見て呆然とする――――
「 えーと、誰だコイツ……?僕?? 」
鏡に映った少年…否、
「……………」
今まで見慣れていた自分の顔と姿。虐めが原因で荒んだ目をしてぼさぼさな髪、大して高くもない身長の見た目。好きになれなかった自分の見た目。今朝も鏡にはそんな自分が映し出される―――そのはずだった。
しかし鏡に今映っている自分の顔と体は、昨日までのそれとは大きくかけ離れている。身長は目測からして10㎝以上伸びており、体は細身ながらもその身長にとって最適量の筋肉がついた肉体へと仕上がっている。
顔も当然変化している。寝ぐせだらけだったぼさぼさの髪はメンズのマッシュヘアへと改良されており、鷹の眼を思わせる鋭さを放った目をしている。ストレスで生じていたニキビも無くなっていて、つるんとした綺麗な肌となっている。
街中で歩いていれば誰もがイケメンと判断する容姿へと、シュートは変貌を遂げていた。
シュートの顔と体は、異世界で急激に強くなったことが理由に、同じく急成長を遂げていた。
「誰だお前は………いや僕か」
もう一度自問自答をしたシュートは、また異世界転移の影響が出たのかと理解して、嬉しさ半分呆れ半分の笑みを浮かべたたのだった。