村の広さは日本の村とほぼ同じ(200~300㎢)であり、人口は百数人となっている。あれこれ案内されてシュートが思ったことは、ここの文明は日本…現実世界と比べて遅れている、だった。光熱という概念がまだ無いらしく、こんなところで住むのは苦労するだろうなぁ、とシュートは思うのだった。
一通りの案内を終えた頃には夜が深まっていた。今日はもう遅いからと、シュートはサニィの家にお邪魔することになった。間取りはシュートの世界の言葉で表すなら約十五畳の1Kといったところだ。家の中にある家具や料理器具などはやはり中世時代の文明レベルで、却って新鮮さを感じさせるものだった。
「さて。シュート君はどこの村から来たのかな?それとも、国の大都会からだったり?」
木製の食卓の向かいからサニィは興味有りげにシュートに質問する。これに対しシュートはどう答えようかと悩みながら、
「街の……とこから」
としか答えられなかった。彼の頭の中に浮かべたのは、黒い渦巻きから最初に訪れた異世界の地であり、それがあの街だった。
「街?もしかして大都会……“コロッサン”から来たの!?」
身を乗り出して聞き返すサニィに少したじろぐシュートは、あれは都会…都市だったのかと気付いた。
「私ね、大都会に憧れてるの!だから大都会のこと何か教えて欲しいなぁ。というかそのリュックの中ってもしかして大都会にしかない物が入ってたりする!?」
サニィは目をキラキラさせてそう話しながらシュートのリュックにも興味を示す。
「あ……そういえば」
シュートは思い出したようにリュックの中からレッドドッグの素材と石を取り出して、食卓の上に並べる。
「え、これって……」
「すいません。大都会とかの物じゃないですけど、モンスターの素材と換金できそうな石です。これらってこの村で換金とかしてくれますか?」
サニィは素材と石をしばし見つめると、先ほどとは違うことで驚いた。
「シュート君ってもしかして傭兵なの!?見た感じまだ12~13才に見えるけど」
「よ、傭兵?いや僕はそんなものになったことは……」
サニィの口から出た「傭兵」に、シュートは内心で首を傾げる。因みに「傭兵」とは傭兵ギルドが出す試験にさえ受かれば誰にでもなれる戦士のことである。大都会にあるギルドに登録すればそこで様々な任務を受けて金を稼ぐことが出来る。
「へぇ~~、シュート君って見た目の割には戦える子なんだ?レッドドッグは初心者向けのモンスターって言われてるけど、君くらいの子じゃ苦戦するって聞くよ?」
「あ、そうなんですね」
弱そうな見た目で悪かったな、と内心で毒づくシュート。それからいくつか問答をしたところ、この村で換金は出来ないが特定の素材があれば村にある鍛冶屋で武器や装飾品を作ってもらえるということを聞いた。
話が落ち着いたところでサニィに夕飯をごちそうしてもらうことになる。
「そういえば、この家はサニィさん一人なんですか?もうすぐ親が仕事から帰ってくるとか?」
未だ二人だけであるこの家を見回してシュートはそう尋ねる。
「うん。両親はちょっと前に、モンスターに襲われて亡くなったんだ。この家は私一人」
「あ……ごめんなさい、不躾に」
「ううん、気にしないで。もう落ち着いてるから」
そう言うサニィは少し暗い顔を見せる。トッド村にはモンスターの襲撃事件が年に数回あり、彼女の両親はその事件で命を落とした。それ以降村は傭兵を雇うようにしている。翌日に傭兵が村に到着するとのこと。
食後の後片づけを手伝った後、サニィはシュートをこの家に泊めてあげると言った。異性の、しかも一人暮らししている人の家に泊まることにまたも緊張と狼狽えを見せるシュートだったが、サニィは特に気にしていなかった。
お言葉に甘えてシュートはサニィの家で夜を過ごしたのだった。
その翌朝、家の外から発せられた大きな声でシュートは目覚めた。
「た、大変だ!!モンスターだ!モンスターが村を襲いに来た!!」
村中に響くような絶叫が外から聞こえてくる。ただならない様子であることをすぐに把握したシュートは、家から飛び出して外を見回す。後からサニィが寝巻姿のまま怯えた様子で外をのぞき込む。しばらくすると尋常ならざる気配を感じて遠くを見ると、昨日の夜草原で戦ったモンスター…レッドドッグの群れが見られた。その中には頭2つ分くらいの体躯の赤黒いモンスターが三匹混じっている。
「あ、あれはブラッドウルフ!?レッドドッグまで連れてきやがった……っ」
村の男が狼型のモンスターを指して呟く。ブラッドウルフはレッドドッグの上位モンスターである。レッドドッグや同じモンスターで群れを成して行動して、血の臭いに対しては10㎞離れた先からでも嗅ぎわけて追跡することが可能なモンスターだ。
ブラッドウルフがこの村を襲った理由は、昨夜シュートに付着していたレッドドッグの血が関係している。服を洗っていないことが災いして、血の臭いに反応しれこうして現れたということになる。
たまにモンスターが村を襲ってくることがあるからその時が来たのだと村民たちは思い込んでいるが、今回は完全にシュートのせいである。そんなことは一切知らない当の本人は、ブラッドウルフに関心を示す。
「あの狼ってそこそこ強かったりしますか?」
「そこそこどころか、初心者の戦士一人じゃあ手に負えないくらいよ……。どうしよう、モンスターと戦ってくれる傭兵はまだ到着してないし、このままじゃあ…」
シュートの質問に答えつつ明らかな怯えを見せるサニィは、続いて彼に忠告する。
「シュート君の手に負えるようなモンスターじゃないわ。村が雇ってる傭兵たちが来るまで、遠くへ避難しないと……!」
モンスターの襲撃で親を失っているサニィはモンスターの恐ろしさをよく理解している。それ故説得力は誰よりもあるものだった。しかしシュートは彼女の言葉に従う気はなかった。むしろ、戦う気満々である。
「サニィさんこそ家の中にいて下さい。僕があの犬どもを排除するので」
「何を言ってるのよ!?ブラッドウルフ一匹に対して、初心者の戦士4~5人がかりでちょうど互角になるくらいなのよ!それが三匹も……敵うわけないわ!だから君も私たちと村の外へ避難するの!!」
シュートの力を信じようとしないサニィのまくし立てに、シュートはついイラっとしてしまう。
「いいから家の中にいてろって!あんな犬っころどもくらい僕一人でどうとでもできるから!」
「な………っ」
予想外の反発にサニィは言葉を詰まらせる。他の村民たちもシュートを変なものを見る目で睨む。彼らから見たシュートはいきがっている初心者傭兵だった。
「誰か、武器になる物持ってませんか?剣とかあればありがたいんですけど」
シュートの問いかけに一人の男が彼に木こりの斧を渡した。さらにもう一人は武器を持ってくるべく鍛冶屋へ向かって走って行った。木こりの斧を手に入れたシュートは人がいないところで試しに何度か振るってみる。耐久性に期待は出来ないがこれならいけるだろうと判断したシュートは、斧を武器にブラッドウルフの群れに立ち向かって行った。