(うわぁ、こういうパターンかよ……)
金髪の不良高校生に声をかけられたシュートは、内心うんざりする。続いて残りの不良たちもシュートの方に近づいてくる。彼らは屯して雑談していている一方で、シュートみたいなカモが来るのを待ち伏せしていたのだ。そうしてカツアゲをしようという魂胆だった。
「お前、中学生?こんな時間にどうしたよ?」
馴れ馴れしくシュートの肩に腕を回してくる金髪の不良。そこに親しい感情など微塵も無く、カモが来たことを喜ぶ悪意しかない。
「………腹が減ったから、何か買いにきた」
「そっか~~腹減ってんだ?実は俺も小腹が空いたから何か買おうかって思ってたとこなんだよな~~~」
「………」
腕を回したまま調子に乗った態度で話しかける不良に、シュートはうんざりしていた。初めての異世界で疲れているのに、嫌な出来事に巻き込まれて気分を害している。
「というわけだからさ、持ってる財布の中からお兄さんたちにいくらか恵んでくれよ。中学生だから特別に札3枚でいいぜ~~」
「中学生の財布に札3枚もあるのかよ?俺らなんか札1枚しかないんだぜ?」
「それはお前の金遣いが荒いからだろうがよ~」
ぎゃはははと下品に笑う不良たち。シュートは溜息をついてから不良の催促を拒否した。
「嫌だね、お前らなんかに出す金は無い」
「……んだとテメェ」
シュートの返事と態度に苛立った反応を見せた金髪の不良は、腕を離して凄んだ顔をする。
「最近の中学生ってのは、年上に対する礼儀がなってねぇよなぁ?何今の返事?何その態度?」
「……………」
金髪の後ろからピアスつけた不良と派手柄のシャツを着た不良もやってきて、シュートを取り囲んだ。
「なぁ、こいつムカつくな。ぶん殴っていいか?」
「やっちまおうぜ。隅っこでやれば店員にもバレねーだろうし」
シュートの胸倉を掴むとコンビニの隅まで移動する不良たち。ズルズルと引きずられて無理矢理連れてこられたシュートは、こんなことになるなら外に出なければよかったと後悔していた。
コンビニの周囲にはシュートたち以外誰もいなかった。実際はやや離れたところに数人が遠巻きに彼らを見ているのだが、巻き込まれたくないと近づこうとしていないだけだった。コンビニの中にいる学生アルバイトもシュートたちには気付いていたが、めんどくさい目に遭いたくないと気付いていないふりをしていた。
(学校も外も、いるのは俺みたいな虐げられる奴と、このクズどもみたいに人を平気で理不尽に甚振る奴らと、無関係を通す傍観者の奴ら、だけだな)
やっぱり世の中の人間はクズばかりだと、シュートは失望した。
「俺に舐めた口ききやがって、中坊が。ボコす!!」
シュートの胸倉を掴んだまま、金髪の不良は空いてる方の腕で暴力を振るいにかかった。殴られる覚悟をしたシュートは、体を強張らせて目をつぶった。
ゴッ……、ボキャ…ッ 「ぎ、ぃやあああ!?!?」
衝突音、続いて何かが折れた音、そして最後に絶叫が上がった。シュートは覚悟していた痛みがいつまで経っても訪れず、自分じゃない誰かの叫び声が代わりに聞こえたことを訝しく思い、ゆっくりと目を開けて前方を見る。
そこにはシュートを殴ったはずの金髪の不良が、自分の拳をおさえて激痛に呻いている様子があった。
(……………確かに、殴られたよな?)
今の状況になる直前、シュートの頬を拳が突く感触はあった。しかしそれによる痛みは特に感じられなかった。軽く小突かれた程度だった。パワーアップを遂げた後、ゴブリンの時と同じだと、そこまで思考がいった時、
「同じ……?」
シュートは一つの可能性に思い至る。しかしまだ確信は出来ていなかった。
「は?」
「何やってんだよ、お前?」
「殴ったくせに何でお前がうずくまってんだよ?」
不良たちが未だうずくまっている金髪の不良に注目する。
「拳が、指がぁ……!痛ぇ、痛えよぉ!折れてるってこれぇ!」
涙声で叫ぶ金髪の不良が拳を開いてみせる。その内の指が三本、ぐしゃぐしゃに折れ曲がっており、根本も赤黒く腫れ上がっていた。
これを見た不良たちはもちろん、シュートでさえ驚いていた。学校ではいつも中里たちに殴られ蹴られる度に痛みが生じ、加害者の彼らが拳や足を痛めることなど無かった。しかし今はそのあり得ない事が起こっている。
「な……マジで折れてんじゃねーか!?」
「おいクソガキ!何しやがったんだ!?」
「いや、僕だって何がどうなってるのか…」
仲間がやられたことにいきり立った不良たちに問いかけられて答えに窮している中で、シュートは自分がどうしたのかを思い返す。拳が飛んでくる寸前、目をつぶった。その前には、体を強張らせて―――
「強張ら、せて………っ」
シュートは思い出した。あの時全身に力を入れて少しでもダメージを軽減させようとした。その時に、異世界で得たスキルと同じことが起こったのでは、と。
(スキル“剛体”……だっけ?え、これってつまり……………)
自分が防御力を高めるスキルを発動したのではと推測したところで、不良たちに敵意を向けられていることに気付くシュート。
「ふざけんじゃねぇ!」
「蹴り転がしてやる!」
ピアスの不良と派手柄シャツの不良が襲いにかかってきた。残る全員も完全に喧嘩モードである。報復するべく二人が殴りにかかる。
「おらぁ!」「っらぁ!」
シュート目がけて飛んでくる拳と蹴り。シュートにはその全てを見切ることが出来て、一つもくらうことなく避け切ってみせた。
(遅い…。最後に戦ったちょっと強かったゴブリンどもと比べて、ゆっくりに見える)
残りの不良たちも参加して殴り・蹴りつけようとするが、一回たりともシュートに当たることはなかった。
「ぜぇ、ぜぇ、何で……?」
「当たらねぇ…どうなってんだ……?」
「何なんだよ……?」
攻撃側のはずの不良たちが肩で息をしている構図となっていた。そんな不良たちを目にしたシュートは、さっきから思い至っていたことを口に出してみる。
「僕、こっちでも強くなったまま……?」
異世界で遂げたパワーアップ…大きく向上した身体能力が、元の現実世界にも反映されているということに、シュートは気付いた。
「……………」
自分の両手を見つめるシュート。そんな隙を見せている彼に、短い学ランを着た不良がやけくそに殴りにかかった。隙だらけの動作で殴ろうとする不良に、シュートは―――
「えい」
ドキャア! 「ぐげあ”……!?」
小突く所作でその顔面を叩いた。すると不良は真後ろへ吹っ飛び、ゴミ捨て場に衝突して倒れたきり、動かなくなった。
「え?」「は?」「ぅえ?」
一部始終を見ていた不良たちは呆然とする。シュートと吹っ飛ばされた不良を交互に見て再び硬直する。
「「「「………………」」」」
不良たちが絶句する一方で、シュートは叩いた方の手を何度も開閉して自身の力を実感する。異世界で手に入れた力が間違いなくこっちの現実世界でも発揮出来ていると確信した様子だ。
「………夢じゃなかったんだ、あの異世界でのこと。実際にあんなクズを簡単にのしちゃったんだから」
独り言を呟いて次第に口から笑みもこぼれ出すシュート。
「だ、誰が……クズ、だと…?」
不良の一人がシュートの独り言に反応してつっかかるが、その声は震えていた。
「誰ってそんなの、決まってるだろ。
お前らのこと言ってんだよ」
ぎろりと不良たちを睨みつけるシュート。
「「「「~~~~~っ」」」」」
睨まれた不良たちは引きつった叫び声を上げてシュートから逃げ出そうとした。
「……………」
自分から逃げ出そうとしている不良たちを、シュートはどうしたものかと思案する。彼らのような輩は、今後も以前のシュートのような弱い人間を標的にして酷いことをするのだろう。被害者の気持ちなど考えもせず、ただ面白いからなどといった理由で人を傷つけるのだろう。
そんな世の中のクズである人間がのうのうと過ごしていて良いのかと、シュートは疑問に思う。不良高校生集団に中里たちの影を重ねたシュートは、
「逃がさない」
ここで不良高校生たちを逃がすことを良しとはしなかった。一瞬で彼らの逃げる方向に回り込むと、先頭にいた金髪の不良の髪を掴んで、地面に叩きつけた。
ガン! 「っげえぇ……っ」
「僕が教えてやるよ。理不尽に痛めつけられることがどういうことかって」