「ちょ……っ」
三匹のゴブリンから逃げ切れたことから気を抜いていたところに更なる敵が出現。あっという間に挟み撃ちの形となってしまったシュート。前方にいるゴブリンが棍棒を振り上げて走ってきた。シュートは咄嗟にリュックをゴブリンの顔面に叩きつけた。
ゴブリンはうめき声を上げて怯んだものの、ダメージと呼べるような反応は期待出来なかった。リュックを拾う余裕など無いと判断したシュートはゴブリンたちからまた逃げ出そうとしたが、今度は失敗に終わり、後ろのゴブリンに蹴りつけられて転んでしまった。
「くそ……!」
転んですぐに立ち上がろうとするシュートだったが、前にいるゴブリンが殴りにかかってきて、そのゴブリンと取っ組み合いになった。
「何だよ、この、ブサイクの雑魚モンスターのくせに!!」
ゲームと同じように見下していたこともあって、ゴブリン如きにいいようにされたくないと思ったシュートは、半ばキレた調子でゴブリンを殴りつけた。顔、腹、脚と殴るがそれだけでゴブリンを倒すには至らず、むしろゴブリンを怒らせる形となった。
幾度目かの拳をゴブリンにぶつけたその時、シュートの頭の中に、電流が走ったような感覚がした。
(まただ……何なんだこれは?)
これは三匹のゴブリンから逃げていた時にも生じたことだった。そしてそれによる痛みなどは感じられなかった。
しばらくしてシュートにある「気付き」が生じた。
(スキル………“怪力”?)
奇妙な感覚だった。そのスキルがまるで生まれた時から備わっていて、たった今自分がそれを思い出した、かのような感覚。あって然るべき、というような認識。あるいは新しい本やゲームを買ったなど、対価を払って物を手にしたのではなく、永久歯が生えた、髪が伸びた……というような感覚だった。
(そういえば、最初のゴブリンどもから逃げてた時も、何かを思い出したような気付きがあったような……)
自分の身に起こっている不可解な事象について思考したいシュートだったが、それどころじゃないと断念する。現在彼は一匹のゴブリンと取っ組み合いの最中である。
取っ組み相手のゴブリンは手にしている棍棒を振り上げて、シュートを撲殺しようとしていた。
見た目の小さな体躯通りの腕力しかないとはいえ、ゴブリンたちには武器がある。その棍棒で殴られでもしたら洒落にならないと、シュートは身の危険を察した。
(何だよこれ……異世界みたいなところに来て早々、こんな雑魚敵どもに苦戦して、殺されそうになってるのか僕は!?
学校でもここでも、僕は負け組ルートを辿らされるっていうのか…!?)
振り下ろされそうな棍棒を目の当たりにして、シュートの頭によぎるのは死を目前にした走馬灯などではなく、これまでの日々・人生で自分を苦しめてきた理不尽な暴力・虐めについてである。
それらがよぎった時、シュートの中からそれらに対する怒りが沸々と湧いて出たのだった。
「こ、のおおおおおおお!!」
がばっと起き上がってゴブリンの服を胸倉掴むように持って、そのまま地面に叩きつけた。突然の反撃にゴブリンは驚きの声を上げて怯む。
一方のシュートは、ブチギレていた。学校での理不尽な虐めへの怒り、異世界で突然理不尽に襲われたことへの怒り。初めて目にする醜悪な生物から逃げたい恐怖を上回った怒りが、シュートに火事場の馬鹿力を発揮させた。
怒りに任せるままの蹴りを、ゴブリンの腹にくらわせる。
「っらァ!!」
ドゴォ!!
一撃では済まさず、考えなど一切捨てた乱暴な蹴りを何度も叩き込むシュート。
ドガッ ゴスッ ガスッ 「死ね、どいつもこいつも!お前も、中里も谷本も大東も、後原も、板倉も!どいつもこいつも死んじまえ!!」
すると、何発目かの反撃の次に繰り出した蹴りに、異変が起こった。
ドッゴォオオオ!! 「ギェアアッ!? ッガ……………」
今までの蹴りを凌駕した威力のそれが実現して、もの凄い打撃音も生じた。
「うおっ!?何だこの力は!?今のを俺が……?」
蹴った本人もひどく驚いていた。気が付くと取っ組み相手のゴブリンは白目を剥いたままピクリとも動かなくなっていた。今の一撃で絶命したのである。それからすぐに、またもシュートに例の「気付き」が生じた。
(スキル……“格闘術”だって……?)
またスキルという単語かと、シュートは疑問に思う。さっきまで繰り出していた拳や蹴りは素人レベルのそれらだった。なのに「格闘術」を習得したのかと、疑わずにはいられなかった。
試しにその場でシャドーボクシングをやってみたシュート。
ヒュバババッ 「………!」
凄くキレがあるジャブに、またも自分がやったことなのかとシュートは驚く。もしここにボクシングを習っている人がいれば、素晴らしいジャブ打ちだとシュートを褒めていたことだろう。
「~~~……」
もう一匹いるゴブリンに目を向けるシュート。そのゴブリンは手にしている棍棒をシュート目がけて投げつけてきた。対するシュートは足元にあった棍棒を拾い上げて、飛んでくる棍棒をそれで咄嗟に防いだ。
(なんか、急に運動神経が凄く良くなったような……)
攻撃を防がれたことにゴブリンは焦りを見せる。その隙にシュートは駆け出して、お返しとばかりに棍棒でゴブリンを滅多打ちにした。
「雑魚のゴブリンが!調子に乗ってんじゃねぇ!!雑魚なんだから、とっとと殺されてろ!!」
硬い物で肉を殴打する音が何度も響く。暴力の音だとシュートはそう思いながらゴブリンが絶命するまで棍棒で殴打し続けた。
二匹目のゴブリンが絶命したのを確認したところで攻撃を止めて棍棒を放り捨てる。それと同時に「気付き」……スキルの取得を感じ取った。
(スキル……“剣術”?棍棒も剣としてカウントされてたってのか?)
武器の種類の線引きがなんと曖昧なものかと、シュートはそう思わずにはいられなかった。
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あれからシュートはまた別のゴブリンの群れ(今度は5匹だった)と遭遇して、戦闘した。囲まれて袋叩きにあってしまう場面もあったが、攻撃されている途中でスキル「剛体」を体得したことで防御力が増して、ゴブリンの攻撃をくらっても痛みが小さくなっていた。攻撃力と体の頑丈性と敏捷性がこの世界に来る前とは比べ物にならない程パワーアップしたシュートは、ここに来て初めて笑顔を見せたのだった。
「ゴブリンどもから逃げまくったことで“瞬足”ってスキルがついた。殴る蹴るを繰り返すうちに“怪力”を、さらに“格闘術”までついた。敵の攻撃をくらい続けたことで打たれ強くなるスキルもついてきたな……。
この世界にいたら、何かをする度にスキルってものがついてくるみたいだな。しかも割とあっさり……」
この世界にいる人間は皆そうなのか、だとしたら何とイージー人生が約束された世界なんだと、シュートはそう思わずにはいられなかった。
この時のシュートは当然気付くことはなかった。
シュートの身に起こったパワーアップが、この世界ではシュートにしか起こっていないことを。
さらには、もしもシュートと同じ現実世界から誰かがこの異世界に転移したとしても、その者たちがシュートと同じように次々とスキルを得て簡単なパワーアップを起こすことがないということも……。