帰り途中コンビニに寄って夕方・夜に食べるものを適当に購入して、電車を経由して自宅へと帰る。はじめのうちは怒り心頭だったが時間が経つにつれて無気力へと変わっていき、帰宅した頃には何も考えられない様子となっていた。
シュートは一人っ子であり親は共働き(二人とも同じ会社に勤めている)ということもあって、家には彼以外誰もいない。夜になる頃には父親も母親も帰ってくる……ことも今日は無いだろう、とシュートはぼんやり考えていた。二人とも家に帰るのは週に1~2回しかなく、シュートはこの家では日々ほとんど一人で過ごしている。なので家事は彼がほとんどこなすことになっている。平日はコンビニやスーパーの弁当や惣菜ですませ、学校が休みの日は自分で作る日々となっている。
シュートが虐められていることを、両親は知らない。仮に知ったとしても彼らはあまり親身にならないだろう、とシュートは予想していた。物心ついた頃から二人とも家を空けることが多く、シュートへの関心も薄かったため、家族との思い出など無いに等しかった。
「………………」
自室のベッドに横になる。目を閉じても眠ることは出来ずにいた。そしてしばらくして昨日と今朝のことを思い出してしまう。
忘れようとすればするほど、鮮明に脳裏に蘇ってきてしまう。あの忌々しい嘘の告白のこと。板倉の蔑んだ目と罵声と嘲笑を、今でも思い出してしまう。
学校の人気者で、虐められているシュートのことを気にかけてくれるくらい誰にでも優しい少女だと思っていた。しかしその本性は、シュートを虐めているクラスメイトたちと同じような人間だった。人の気持ちを平気で踏みにじり、弱い者いじめを好むような人間だったのだ。
「………っ(ぎりり…!)」
怒りと悔しさに歯をぎりぎりと食いしばるシュート。きっと中里たちと板倉は今頃、まんまとおびき寄せられて嘘の告白にまんまと騙されて醜態を晒したシュートのことを嘲笑っている。笑いの種にしている。そのことを言い広めることで無関係の生徒たちもシュートを嗤っているのだろう、とシュートは想像してしまう。
ベッドで寝転がることに飽きたシュートは風呂に入ることにする。その後鏡で自分の顔を見てみる。以前の彼は整髪された黒の短髪で凛々しい目をしていたのだが、今では荒んだ目をしており、普段も寝ぐせを直すこともないので髪はぼさぼさとなっている。最近枝毛ができていることも知っている。
「くそが、くそがくそがくそがくそがくそがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが!クズどもが……!!」
怒りに任せて服を壁に何度も投げつけたり、食卓テーブルに何度も台パンしたりと、やり場の無い怒りを発散しようとするシュート。
「世の中の人間は、本当にクズばっかりだ……!
何が正義だ、馬鹿げてる……!」
幼少期の頃のシュートは、テレビで放送していた正義のヒーローが活躍する番組…主人公やその仲間たちが弱い人や困っている人を助けるというものが大好きだった。自分もテレビに映っていたヒーローたちみたいなことをしたいと考えていた。正義とはああいうことを指すのだと考えていたシュート。虐めを止めようとしたのもそれが理由だった。
しかしその結果が今となっている。自分が憧れていたものから大きくかけ離れてしまっている。人助けをしても馬鹿を見る、痛い目に遭うだけ。
やがてシュートは、正義とは弱く困っている人を助けることではなく、自分にとって敵となる者・世の中に必要無いと判断した人間を排除するということだ…と考えを変えるようになった。
シュートの場合、今の正義とは…自分を虐めているクラスメイトたちの排除、自分の虐めを見て見ぬふりをしているクラスメイトたちや大人たちも必要ない存在・排除すべきと考えている。彼らがいなくなれば自分は救われるだろう、という考えに至るようになってしまった。
「あいつらに復讐したい……。でも、僕は独りだから味方がいなくて、力も全然無い…………」
中里たちへの復讐を誓うも、自分の無力さに途方に暮れてしまうシュート。
「力が欲しい……。こんなクソったれな日々をひっくり返せるような、僕を虐めている奴らを酷い目に遭わせられるような、どんな奴にも“負けない”ような、力が欲しい……!!」
言葉に出して、心の中でもそう強く念じるシュート。どんな願いでも叶えてくれる神様がいるならそれらを迷いなく願うくらいに、強く願うのだった。
「……………口に出したり念じたくらいでそんなのが実現するなら、苦労しないよな。アホらしい」
やがて馬鹿馬鹿しくなったシュートは、テレビゲームを始めた。彼が好んでするゲームは多くの敵をバタバタ倒していく無双アクションゲーム。そうすることで少しでも現実での鬱憤を晴らそうとしている。
「死ね、死ね。どいつもこいつも死んじまえ……」
ゲームに登場する敵を、中里や板倉に見立てて殺害していく。それでもシュートの溜飲が下がることはあまり無かった。
時間が過ぎるのを忘れるくらいに没頭したためすっかり夜になってしまう。トイレに行ったタイミングでようやく夜になったことに気付いたシュートはコンビニ弁当で夕飯を済ませる。そうして再びゲームの世界へいこうとしたところで、シュートは「妙な音」を聴き取った。
「………何の音?」
その音はシュートにとって聴いたことないものだった。風が抜けるような音とも、電子音とも何とも違う。
やろうと思っていたゲームを中断して、気分を紛らわせる目的半分と好奇心半分の気持ちで、謎の音の発生源を探すことにした。二階建ての家中を探し回るには少々骨が折れる手間であり、時間をかけて全て回るも音の発生源らしきものは見つけられなかった。
「そうだ……地下室がまだだったな」
シュートの家には地下室が存在する。父親の資料部屋となっており、そこを利用するのも彼くらいだった。とりあえず調べてみようと、シュートは地下室に入った。
そして見つけた、謎の音の発生源を。しかしそれはシュートが全く予想していなかったものだった。
「なんだ、こりゃ……!?渦巻き?」
部屋の中心に謎の黒い渦巻きが、妙な音を立てて存在している。その怪奇現象を目の当たりにしたシュートは唖然としていた。
「まさか、ブラックホール?いやもしそうだったら僕はもちろん、この家もとっくに無くなってるか……」
色々推測してみるがどれもピンとくるものがなく、しばらく黒い渦巻きを観察するシュート。いつまで経っても渦巻きに変化は無く、音が鳴るだけだった。
「………」
やがてシュートは思い切って黒い渦巻きの中に手を入れてみることにした。恐る恐る手を入れてみた結果、手は中に入っていき、先があることが分かった。
「痛くない……。中に続きがあるのか?」
改めて謎の黒い渦巻きを見つめる。今起こった現象からしてこの渦巻きが「何か」に繋がっているということを予想するシュート。やがて彼は、黒い渦巻きの向こう側へ行ってみようと決意した。
中に入ったら二度と帰れなくなるかもしれない、中に道など無くて踏み入れた瞬間奈落の底へ落ちてしまうかもしれない。そんな予感をよぎるシュートだったが、それでも行ってみようと思ったのだった。
(どうせ今の人生クソなんだ。クソな人生が続くくらいなら、この訳の分からない何かに縋ってみるのも良いかもしれない)
やけくそになったところもあるが、シュートは期待もしていた。これが今のシュートを変えてくれるのでは、と。
「何があるか分からない、遭難しても大丈夫なように準備しておこう」
早速出かける準備にかかるシュート。やや大きめのリュックに水が入った数本のペットボトルと数日分の食糧、ライターにナイフ、救急セットなど、防災関連の道具を詰められるだけ詰め込んだ。
服は破れにくいものにして、靴も走りやすいものにした。
「よし、行こう―――」
そして、シュートは意を決して黒い渦巻きの中へと歩み進んだ―――