「あ〜、楽しかったな~」
超お気楽人間の海斗は今日もご機嫌。彼女と食事をし、ルンルン気分で帰りの電車に乗りこんだ。
社会人になってちょうど1年。仕事にも慣れ、何もかも順風満帆。「オレって完ぺきやな」
電車の中で、「あれ、ちょっと太ったかな?」
何かスーツが窮屈な気がしたものの、「沢山食べて飲んだから、そんなもんやな」
電車の窓のガラスに映る自分の姿を見て、「かっこええな。まるでモデルさんみたいや」
電車に揺られて小一時間、ひとり暮らしのマンションに到着。さて戸を開けようとするが、なんと鍵が合わない。
「???」
慌ててポケットを探ると、知らない人の名刺がある。
「あれれ?」
「誰かのスーツと間違えたんや!」
「がーん!」
一気に酔いが覚める。
店でスーツの上着をハンガーに掛け、背中のフックに吊るしたのを思い出す。
「取り敢えず、電話や、電話。あらら、スマホも上着のポケットや!どーしょっ!」とますます混乱。
「もうこうなったら、店に戻るしかない!」
全速力で駅に戻って、電車に飛び乗る。店の最寄りの駅に到着。走ろうとするが普段の運動不足で、もはやヘロヘロ。
なんとか店に着くと、男の人と店の人が、必死に上着を探している。
「これは、まずい」とさすがにビビる海斗。
「すいません!すいません!僕が上着を間違えました!」と平謝り。
店の人は「帰って来ていただいて、良かったです。ホットしました」
男の人は、ムッとしながら「俺は服さえ返ってくれば、それで良いねんけどな」
そのとき、トイレから出てきた女性がのんびりとした声で「スーツ、見つかった~?」
「ちょうど帰るとこやったんやな。良かった〜。ラッキー」とちょっとホッとする海斗。
そんなこんなで、今回は何とかなったものの
「もう、こんなことは懲り懲りや」
それからである。海斗が鍵を付けた金属チェーンをズボンのベルトに巻き、持ち運ぶようになったのは。
やれやれ、鍵があって戸が開いたところで、どうにもならなかったけど。