目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第11話 存在しない家族

* * *

 我が家は七人家族。

 なのに、一家のダイニングテーブルは六人掛け。

 しかも上座に、足の悪いお祖母ちゃん用の、肘掛のついた大きな回転椅子が入っている。これがかなり幅を取り、あとは椅子が四脚しか入らない。

 厚い座布団が載った椅子は父の席。その隣は長男の慶太けいたの席。慶太の向かいに末っ子の悦郎えつろうが座り、流しに一番近い席がお母さんの席だ。お母さんは食事中、ほぼ椅子に座ることなく、空いた食器を下げたり、家族のおかわりをよそったりしている。

 大抵の日は、父は仕事で夕食の時間に間に合わない。たまに父の空いた席に末っ子の悦郎が座り、厚い座布団の上で得意げにしている。悦郎はまだ小さいので、椅子に座ると脚が床に届かない。


 日曜の夜は、夕食に家族全員がそろう日だ。

 五時半頃から父と祖母が席に着き、飲み物を片手におかずを催促し始める。

 それにこたえて母が慌ただしく料理を仕上げてゆく。この時の母に何かを話しかけたり、気の利かない動きをしたりすると、普段の倍以上叱られるので余計な手出しはしない。小皿や箸を食器棚から出すにとどめる。

 テーブルに大皿の料理が並び、各自の茶碗や取り皿が並べられる。醤油さしや各種調味料を出すと、もうそれだけでテーブルが一杯になり、私たちは自分の食べる分を小皿によそって座卓に移動する。


 七人家族ともなると、一つのテーブルに全員がそろうのが難しい。

 小学生の頃から、私たちはダイニングの隣の、小さな座卓で食事をしていた。

 ここは土間で、たまに来る近所の人とお祖母ちゃんがお喋りをするために置かれたテーブルだ。だから常に卓の隅にお茶菓子が置いてある。

 正座をして食べたほうが行儀がよいとはわかっているが、いつおかわりを頼まれたり、お茶を頼まれたりするかわからないので、私たちはいつも足を崩して座っている。そのほうが、足が痺れずすぐに立ち上がれるからだ。


「お茶っこ、ちょうだい」

 お祖母ちゃんが、湯飲みを持ち上げ催促する。

 母を見ると、慶太のおかわりをよそっているところで忙しそうだった。私は急いで立ち上がった。湯飲みを受け取り急いでお茶を注ぐと、お祖母ちゃんが優しく微笑みながら「気が利がねごど」と呟いた。

 座卓に戻り、ようやく落ち着いてご飯が食べられるとホッとする。次に立ち上がるのは私じゃない。順番だ。


 横を向くと、ダイニングチェアに座る家族の脚が見えた。

 ぶらぶらと揺れる落ち着きのない悦郎の脚。

 真っ黒く汚れた、慶太のスリッパの裏。

 お祖母ちゃんは椅子に座る時、スリッパを脱いで椅子の足元に揃える癖があった。

 面白い光景だなと思う。

 いつか家族の食卓のシーンを思い出すとしたら、母の作った料理や家族の笑顔ではなく、みんなの揺れる脚を思い出すのだろう。




橘祐仁様 

はじめまして。いつもコラムを楽しく読んでいます。ポッドキャストの「怪奇クラブチャンネル」も楽しく拝聴しています。

さて、今回はご紹介したい物がありお手紙を書きました。私は宮城県留市みやぎけんとめしに住んでいます。我が家は築七十年の古い家で、庭には同じく昭和初期に建てられた蔵があります。蔵には古い物がたくさん眠っていて、おそらく「呪物」と思われる物もたくさんあると思います。ぜひ見にきてください。

その中でも、庭のほこらまつられたオフタサマがすごい力を持っています。祀ると富と幸福を与えてくれる神様で、先祖代々大切にしてきました。反対に、不敬な扱いをすると、不幸をもたらすとも言われている少々怖いところもある神様です。

オフタサマがどんな力を持っているか、ぜひ見にきてください。お待ちしております。


 橘祐仁たちばなゆうじは、送られてきた手紙の封筒を裏返した。

 裏にはたしかに宮城県の住所が書かれている。ただし、差出人の名前がない。

「まずは名を名乗れよ」

 短い文章の中に「ぜひ見にきてください」という文言が二回も書かれている。よっぽど訪ねてきてほしいらしい。

 手紙の文章からは、どんな人間が書いたのかわからない。男か女か、大人か未成年なのか……。橘のコラムの読者は、小・中学生から七十代までと幅広い。

 手紙の書かれた用紙は便箋ではなく、A4のコピー用紙だった。体裁など気にせず印刷したようで、文章が上のほうに偏っている。

 試しにGoogleマップで住所を検索してみる。書かれている住所が嘘でなければ、山間やまあいに建つ大きな日本家屋が表示された。

 立派な門構えで、まるで時代劇に出てくる武家屋敷のようだ。門の内側も、敷地が相当広そうだ。


 橘は西日の差す窓から外を眺めた。

 古い瓦屋根と、味気のないコンクリートの建物の続く景色が広がっている。空き地と空き家と雑多な建物が、不規則に並び、その間を細い道が這っている。

 遠くに山の稜線が見えるが、鉄塔や電線が被さり、美しい景色とは言い難い。自然豊かな田舎の景色とは、まったく違う。


 ここ二年ほど、長く日の出荘を空けたことがなかった。

 ミズキが来てから、まともに旅行をしていない。当然、出張もだ。

 しかし、最近のミズキはすっかり現世に馴染んでいる。学校に通わせなくてよいのだろうかと不安になるほと知識を蓄え、常識も身に着けている。

 ミズキを連れて旅行に行くのも可能ではないか? 

 窓の外の味気ない景色を見て、ここにはない、もっと広い世界を見せてあげたいとも思う。

 もう一度Googleマップで当該の場所を調べてみる。宮城県の県北で、岩手県との県境の土地だ。周囲は山に囲まれ、自然豊かな場所なようだ。巨大な屋敷の周囲には、緑の田畑が広がっている。


 実家に近いな、と一抹の不安を覚えたが、馬鹿馬鹿しいとかぶりを振った。アニメじゃあるまいし、巾着が山形に向かって飛んでゆくわけでもない。宮城県を出なければいいだけだ。

 さっそく今夜にでもミズキに話してみよう。

 久しぶりの出張だと思うと、思いのほか気持ちが浮き立った。新しい呪物との出会いも、胸を高鳴らせた。



「新幹線と電車はどう違うんだ」

 千葉から上野に移動して、上野から東北新幹線やまびこに乗った。青いモザイク柄のシートに並んで座ると、ミズキが興味深そうに周囲を見回す。

「スピード」

 橘の適当な答えに、ミズキが胡乱な目つきになる。

「それだけか?」

「基本的にはそれだけだよ。時速二百キロ以上出るのを新幹線という。あとは在来線とは区別して……」

 説明の途中だというのに、ミズキにスマホを奪い取られた。ミズキは勝手知ったる手際でパスコードを入力すると、何やら物凄い早さでタップし始める。口頭での説明を聞くよりも、自分で調べて文字で読みたいようだ。気持ちはわかる。橘も、人に説明されるより、取説とりせつやマニュアルを自分で読みたい派だった。


 ひとしきり調べて満足したのか、ミズキがスマホを突き返してきた。

「時速二百キロ以上出る電車を新幹線というらしい」

「……さっきそう教えただろ」

 生意気を言われるのにも慣れた。こんなやり取りも、もう何回目だろう。

「目的地まではここから二時間だから、飽きるなよ」

「ここでこの弁当を食べるの?」

 上野駅で購入した駅弁の袋を、興味深そうに覗き込んでいる。ミズキの分と、二人分購入した。

「新幹線には弁当がつきものなんだ。もう少ししたら食べよう」

「ふうん」

 ミズキは、橘にだけわかる程度に顔を輝かせ、もう一度駅弁の包みを覗き込んだ。

 普段ミズキは、ほとんど食べ物を口にしない。食べてもごく少量だ。おそらく生きている人間よりも、消化活動が遅いのだろう。一緒に食事するのを面白がって食事の催促をしたりするが、実際には幼児よりも量を食べず、残したものを橘に押し付けてくる。

 それでも弁当は同じ物を買った。ミズキにも、「普通の旅行」というものを味わわせたかった。

 二人で弁当を食べ、窓の外の景色に見入る。

 大宮を過ぎると、田畑が目立ってきた。関西方面へ向かうのと違って大きな見所はないが、山々の稜線や一面に広がる田畑は、普段目にしない光景だ。ミズキにとっては初めての景色だろう。


 ミズキが車窓の景色に夢中になっている横で、再度手紙を広げた。

 パソコンで打たれた文字。丁寧で、あらのない文章。その分特徴がなく、書いた人間がまったく見えてこない。

 一人称が「私」だから、女性だと考えてよいだろうか。それとも、普段から丁寧な言葉遣いの男性か。高齢男性か。

 茶封筒に掛かれた手書きの文字だけが頼りだった。

 ボールペンで書かれた、とめはねがはっきりとした右上がりの文字。丁寧に書こうとしているのが伝わってくる。漢字を崩していないところからも、どことなく若さを感じる。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?