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第8話 或る事故物件

 金田の投稿頻度が極端に減る直前の、心霊スポット探訪の動画を確認してみる。

 都内の、とある廃墟を訪れていた。廃墟内の暗い駐車場で車を停め、ライトを消してクラクションを三回鳴らすという、お決まりのチャレンジだ。

 三回鳴らした後に、女の声のような音が入っており、すぐにやらせだとわかった。

 リプ欄はそれなりに盛り上がりを見せているが、何割かは金田の仕込みを見抜き、アンチが湧いている。

 この廃墟の動画から次の動画の公開まで、約二か月の間があいている。

 それまで週に一度の投稿頻度を守っていた金田に、何かがあったのは明白だった。

「廃墟で何か連れてきたか? それとも、アンチの攻撃に耐えられなくなった?」

 首を吊るほどの悪意――。あるとも言えるし、ないとも言える。

 しかし、たしかにアンチも湧いているが、金田個人に対してというより、霊障に対して真偽を戦わせている様相だ。リプ欄が盛り上がるのは、金田にとって悪いことではなかっただろう。

 やはり金田の死の原因は、YouTubeや呪物のせいではないと思う。

 あの、底冷えのするような薄暗い部屋――。

 念のため『大島てる』で金田のマンションを調べてみたが、特に炎マークはついていなかった。今後、金田の自死で炎マークがついてしまうだろうが、今のところはまだついていない。

 周辺の土地にも、それらしきものはなかった。残穢のように、過去から続く祟りでもあるかと思ったが、どうもそうではないようだ。

 それにしては、あの異様なまでの空気の悪さは何だったのだろう。

 マンション名を検索してみる。

 過去に掲載された物件情報がいくつか出てきた。家賃の相場にそれほど詳しくないが、あのマンションの家賃は桁外れに高いわけでも、破格というわけでもない。場所柄を考えると、それ相応の金額に思えた。

 橘は大樹に教えてもらい、マンションの管理会社に連絡を取った。

 対応に出た若い男は、まだ入社して間もないのだろうか、ぼそぼそと自信なさげに喋る男だった。


『入居者に関することは、個人情報になりますためお話できません。申し訳ございません』

「個人情報ではなく、過去、あの部屋で何か事件が起きたりしていないか、それだけ教えていただけませんか?」

『申し訳ございませんが……』

「では、あのマンション全体で何か事件や事故があったかどうかだけ、教えていただけませんか? もちろん、決して口外しません。402号室に住んでいた金田さんの件で調べものをしておりまして」

『――申し訳ございませんが、お話することはできないんです』

「どんな些細なことでも構いませんので」

『……申し訳ございません』


 これ以上粘っても無駄だろう。新人らしき青年を困らせていると思うと、心苦しくなってくる。


「わかりました。お時間を取らせてしまってすみませんでした」

『いえ。こちらこそ、お役に立てず……』

 電話の向こうから安堵の空気が伝わってくる。ようやく解放されると安心したのだろう。

 電話を切り、もう一度マンション周辺を洗い直そうと決意した。

 気が弱そうな青年は、「事件など何もなかった」とは言わなかった。

「話すことはできない」と、繰り返していた。



『大島てる』に載っていない。けれど何か事件性がある。――となると、考えられるのは。

 橘は『国内 凶悪事件』で検索をして目的のサイトを探した。以前イベントで共演した都市伝説研究家が、国内の凶悪事件をまとめたサイトを作っていたはずだ。

 各社の新聞社のアーカイブに紛れて、『国内凶悪事件マップ』と題されたサイトが出てきた。

(これだ)

 開いてみると、はじめに広域地図が表示された。その上には点々と包丁マークが表示されていて、それが殺人事件現場を示しているらしい。メニューを開くと、年代別、地域別にも殺人事件が閲覧できるようになっており、『大島てる』の殺人事件版だと思った。

 一人でここまで調べたのだろうかと舌を巻く完成度で、新聞社のアーカイブや各地警察署のホームページで探すよりも、細分化され見やすかった。

 金田の住んでいたマンションの近辺を見てみる。ピンチアウトすると、いくつか包丁マークが出てきた。

「殺人事件だらけじゃないか」

 背後から、ミズキが覗き込んでくる。

「大小さまざまな殺人事件が網羅されているからな。轢き逃げや、喧嘩からの傷害致死事件も含まれているみたいだ」

「この日の出荘の周辺はどうなんだ? 見てみよう」

「今はこっちが先だ」

 ミズキの手からマウスを奪い、地図をもとの位置に戻す。

「こんなに事件だらけなのかと思うと、怖いな」

 ぽつりと呟くと、ミズキが不思議そうに見上げてきた。

 世間は心霊スポットを怖がるけれど、殺人事件現場のほうがよっぽど怖いと思う。

 呪いや祟りなんて不確かなものでなく、そこには現実に、人が人を殺したという事実があったのだ。そんな場所がこんなにもたくさん散らばっているのかと思うと、胸に提げた橘家の盃に呪い殺されるよりも、殺人事件に巻き込まれるほうがよっぽど確率が高い気がする。

「誰かに殺されるのも、自分で死ぬのも、同じだよ。一瞬だ」

 あっけらかんと言われ、さすがに同意できなかった。

「そうかぁ? 誰かに殺されるのは……重みが違うだろう」

「同じだよ。死んじゃえば怖いのも痛いのも何もかも失くなる。それに、交通事故だって車やバイクに殺されるようなもんだ」

 一度死を経験している人間の言葉は重みが違う。

 確かに死は一瞬で、誰にでも、どこにいても訪れる。

 そして、その先は皆同じなようだ。

 まだ死を経験していない橘は、反論もできず「そういうものか」とただ頷いた。

 金田のマンションを調べてみたが、たしかにマンション自体には包丁マークがついていなかった。

 マンションに一番近いマークをクリックしてみる。見覚えのある事件記事が表示され、古い記憶が呼び起こされた。

「ああ、これ。憶えている」

「なに?」

 玉地区少年少女連続誘拐殺人事件たまちくしょうねんしょうじょれんぞくさつじんじけん。三年前の事件だ。

 三人もの少年少女が、たった二か月の間に殺された事件。

 塾や学校帰りの中高生が狙われ、翌朝に遺体が道端に遺棄されている凄惨な事件だった。犯人はおよそ二週間に一人のペースで犯行を繰り返し、当時はニュースやワイドショーで毎日センセーショナルに報道された。学校や塾の帰りの生徒は必ず親が迎えに行くようになり、夜の町から少年少女の姿が消えた。

 そのうちの一件の殺害現場が、金田のマンションの近くだったようだ。

 事件概要を読んでいると当時のことが思い出され、気分が悪くなった。被害者が全員十代の少年少女というのがなんとも悲惨で残酷な事件だった。

 記事下のリンクを開くと、犯人が捕まり、警察に連行される様子の動画が流れた。

 犯人は、よく見るグレーのスウェットの上下に、手元を隠された姿だ。明滅するフラッシュに、土気色の顔が一瞬照らし出される。俯いてはいるが、視線を上げた一瞬、犯人は報道陣をきつく睨み上げた。目に光がなく、深淵のような目だ。

 犯人の住まいだろうか、集合住宅から出てくるところだった。同じ集合住宅に住む人間は、恐ろしい思いをしただろう。

「……これって」

 背後に見切れているレンガ調の外観に見覚えがあり、動画を停止した。右のほうにファンタジー映画に出てきそうな特徴的なポーチライトも見える――

「さっきから、何だよ! 単語ばっか言っていないでちゃんと説明しろ!」

 しびれを切らし、ミズキが声を上げた。

「ミズキ、出掛けよう。もう一回金田のマンションを見に行く!」

「ええ、今から? なんで? ちゃんと説明しろって」

「移動しながら説明する!」

 大樹に連絡を取る必要はない。外観を見られれば十分だ。


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