怒っているような、今にも泣き出しそう顔で、大樹が顔を上げた。
「はっきり言って、僕は心霊現象だとか、幽霊だとか、そういう
再びミズキが、ズゴゴゴ、と耳障りな音を立ててコーラを吸い上げた。グラスはすっかり空で、コーラが残っているようには見えない。
いえ、と橘は顔の前で手を振った。
「お構いなく。信じるのも、信じないのも、楽しむのも嫌うのも、個人の自由です。どうぞ続けて」
「はい。……最後に気になって、その定点カメラの映像を見てみたんです。はじめは人形を映してどうするんだって気持ちだったんですけど」
そこで大樹は一度言葉を切ると、誰かから狙われてでもいるかのように背後を確認した。
「どうしました? 何か映っていましたか?」
「いいえ、何も」
大樹の思わせぶりな前置きに、なんだ、と拍子抜けした。
それに、泣き人形に相当期待をしていたので、何も変化がなかったと聞いてがっかりした。独りでに泣いたり動いたりしたら、久々に目玉となる呪物だったのに。
落胆を顔に出さないよう、橘は大樹に向かって穏やかに語り掛けた。
「たいていの『呪物』と呼ばれる物は、そんなものです。見た目が不気味なだけで」
「いえ! 違うんです」
橘の言葉を遮り、大樹が激しくかぶりを振る。
「繰り返しになりますが、僕は心霊現象なんて信じていません。金田のやっていることも、金田のチャンネルを喜ぶ視聴者も、……正直バカみたいだなって思っていました。子供のお遊びだって呆れていました。だからあの映像を見た時も、金田の仕込みなんじゃないかって」
さっきまでの理路整然とした喋りと違って、大樹の話は支離滅裂に飛び、顏は引き攣っていた。
「仕込みって? 何も映っていなかったんですよね?」
続きを促すと、大樹は何度も
「何も映っていないと思ったんです。画面が真っ暗で、撮影に失敗したんだろうなって……。でも、画像の上のほうに光が見えるような気がして、輝度を上げてみました。そうしたら、何も映っていないんじゃなくて、……カメラのレンズを塞いでいるんだってわかりました。
大樹が、こちらに掌を向けて近づけてくる。
初めは、皮膚の肌色や手相の皺が見えたが、鼻先寸前まで近づけられると、たしかに視界が塞がれ真っ暗になった。指の隙間から、店内の灯りが細く見えるだけだ。
隣で、ミズキが真似て自分の掌を眼前に翳している。
「しばらくすると、ガタンという音とともに映像が横倒しになりました。カメラが倒れてしまったんだなって思いました。意味がわかりませんでした。人形を撮影しようとしているのに、レンズを塞ぐなんて。何しているんだろうって」
人形を撮ろうとしていたのにカメラのレンズを塞ぐ――。たしかに、金田が何をしたいのかわからない。
「あの、これ、お話していた呪物です」
大樹が震える手で大きな紙袋を手渡してきた。
袋の口を広げてみると、何にも包まれていない人形の頭が見えた。
「――これは」
袋から取り出すと、人形の顏が真っ黒になっていた。かろうじて目が判別できる。
着物は、元の色が分からないくらい黒ずんでいる。少なくとも、オークションに出品された時点では、赤い
この数週間で、ここまで劣化したのはいったいどういうことなのだろう。
「日に日に黒ずんでいくんですよ。カビが内部から生えてきているんですかね?」
ようやく手放せたと思っているのか、大樹の声には微かに安堵の色が滲んでいた。
「確かに受け取りました。……金田くんの部屋は、そんなに?」
「いえ。多少散らかってはいましたが、汚くはなかったです。
部屋が異常に汚かったとか、遺体の体液がかかってしまったとかではないようだ。
「――それと」
大樹の瞳が再び暗く曇る。
「僕が見たその掌の映像、撮られたのが五月の
「ええ、はい」
六日だと、約一週間前か――。
「カメラって、撮影予約機能とかあるんですか? 僕、あまり詳しくないんですけど……おかしいですよね、誰が撮ったんだ……? あの掌は、いったい」
ぶつぶつと大樹が呟いている。
「どうしたんですか? 予約機能って?」
大樹が顔を上げた。何も見ていないような、妙に澄んだ瞳をしている。
「金田が首を吊ったのは五月
「……」
「鑑識が、死後一週間経過してるって言っていたんで確かです」
「金田が発見されたのはいつ?」
それまで沈黙を貫いていたミズキが、唐突に割り込んできた。
大樹が震える声で応える。
「
ミズキと、無言で目を見合わせる。
「その一週間前、と言うと金田くんが首を吊ったのは確かに五月
――カメラに予約撮影機能なんて、あっただろうか。