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第2話 或る事故物件

 泣き人形は三十三万円で落札された。

 落札金額を入れたのは橘ではない。朝からデッドヒートを繰り返していたライバルが、タイムリミットである午前零時の直前に入札した。

(また縁があったら出会えるさ)

 胸の内で強がりを言ってみたものの、悔しさが募りなかなか諦めきれなかった。

 生活費と、ポケットマネーと臨時収入とを合わせ、今出せる最高額の三十二万五千円を入札して祈った。が、ライバルは容赦がなかった。すかさず三十三万円を入れ、タイムアップとなった。

 アカウント名「psycho666」は同業者だろうか。

 同業者のSNSや動向は常にチェックしている。「新しい呪物を入手した」などとポストがあったら、psycho666はそいつに違いない。

「せめて俺の代わりに大事にしてくれよ」

 悔しまぎれに呟いてみたが、気分は少しも晴れなかった。

この先の生活費のことなど考えず、勢いのまま高値を入札すればよかった。九十万、いや百万までなら出せたのに――

 過ぎたことを考えるのはよそうとかぶりを振った。結果的に良かったのかもしれない。無駄な出費を抑えることができた。……だが、実際に人形が涙を流すさまを見てみたかった。

 なんとなく悔しくて、競りに負けたことはミズキには言わないでおこうとパソコンを閉じた。



 仕事関連のメールに紛れて、見覚えのないアドレスからメールが届いていた。


daiki.sato22198@××××.co.jp


 知り合いに、「ダイキ」という名の人間はいない。

「佐藤」なら何人かいるが、個人のアドレスでメールを送ってくるような関係性の佐藤は思いつかない。

 タイトルはシンプルに「お願い」とあり、開いてよいかどうか迷った。

 近頃は巧妙なメールが多く油断できない。うっかり開封してウィルスにでも感染させられたらたまったものじゃない。

 それでも、新規の仕事依頼かと思うと放ってもおけず、用心しながらメールを開いた。

 丁寧だがごく短い文面には、手に余る呪物を、どうか引き取ってほしいという内容が書かれていた。


 友人が急死し、彼の部屋を掃除していた。その中に呪物とおぼしき物があり、どうやって処分したらよいか途方に暮れている――


 どうやら送り主は、自分では所持したくないし、無責任に売ることもできないと困っているらしい。そんな折、「呪物蒐集家」という職業があると知り、便りをよこしてきたようだ。

 橘にとっては願ったりな申し出だった。どんな物を引き取ってほしいのだろうと添付の写真を見てみる。

 写真には、あのオークションで逃した橋本家の泣き人形が写っていた。

 あの、最後の最後にライバルが競り落とした、三十三万円の人形だ。

 いったい、持ち主に何があったのだ。

 橘は呪物を引き取る旨を返信し、受け取りに都内の喫茶店を指定した。


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