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第29話 呪物とアンデッド

 久ぶりにやってきた持田は、いつもと違って暗い表情をしていた。

「どうかしました? 暗い顔をして」

「お世話になっております。……はぁ、嫌なものを見ちゃいまして」

 持田はまた、すすめられてもいないのに店のスツールに勝手に腰を下ろすと、重々しい溜息を吐いた。いつもは必要以上にお喋りなのに、今日は橘が促さないとなかなか話を切り出さない。

「駅の掲示板に行方不明の女の子のポスターが貼ってあったんです……。こんな長閑な地域でも、行方不明とかあるんだなって思ったら悲しくなっちゃって。しかも、ここに来るまでの間で、数メートルおきに、何枚も何枚も同じポスターが貼ってあるんです。女の子の家族が必死の思いで貼ったんだろうなと思うと胸が痛くて」


 ここ数日、ろくに外出をしていなかったので、そんなポスターが貼りだされているとは知らなかった。

「行方不明? この辺で?」

「……たぶん、そうです。気の毒でよく見なかったんですが、特にこの周辺にたくさん貼られていたので、近所に住んでいた女の子なんじゃないですか?」

 この辺りで少女が行方不明になっているなど、噂にも聞いていない。たとえ近隣との付き合いが薄くても、女児の行方不明なんて大事件、耳に入ってきそうなものだが……。それにしても、このへんに小学生の少女が住んでいる世帯などあっただろうか? 高齢者ばかりが住んでいる過疎地域だが。


 橘は嫌な予感がして外に出た。興味があるのかないのか、ミズキも無言でついてくる。

 持田にポスターの在処を尋ねようとした瞬間、目に飛び込んできた。



探しています

行方不明者 高橋美咲(たかはしみさき)ちゃん

行方不明時 令和六年十月九日 午後四時ころ

行方不明場所 千葉県I市 希望公園付近

花取小学校を出た後、友人たちと別れた後に行方がわからなくなりました。目撃した方は、至急下記までご連絡ください。


特徴 

身長:百十センチ、体重:七キロ

行方不明時の服装 黒のトレーナー、グレーのスカート、ピンクの運動靴

痩せ型。行儀が悪いため、衣服に汚れが多数ついています。


お心当たりのある方は、どんな些細な情報でも結構ですので、下記までご連絡ください。

至急!


×××-××××-××××


 持田の言う通り、そこかしこに貼ってある。電柱にも、自動販売機の脇にも、煙草屋の壁にも貼ってあった。許可した憶えはないのに、いつの間に貼ったのだろう。それに、作業している音にも気付かなかった。

 ポスターに採用されている写真は、集合写真から切り取ったものだろうか、画質が荒い。もっと全身の特徴がわかるような写真にすればいいのに、顔だけのアップだった。おかっぱ頭の女の子で、目線がカメラを捉えておらず、どこか遠くをぼんやり見た、生気のない表情をしている。


「かわいそうだな。誘拐じゃなくて、側溝に落ちて流されたとか……そういう可能性もありますよね」

「……そうですね」

 相槌を打ちながら、詳細な情報を目で追う。落ち着いて読んでみると、奇妙なポスターだと思った。焦燥感に駆られているせいなのか、文章の端々に妙な冷たさを感じる。「目撃した方は」とは、轢き逃げの犯人捜しのようだ。それに、早く娘の行方を知りたいという気持ちはわかるが、情報提供に「至急!」と連呼しているのも変だ。


身長:百十センチ、体重:七キロ

行方不明時の服装 黒のトレーナー、グレーのスカート、ピンクの運動靴

痩せ型。行儀が悪いため、衣服に汚れが多数ついています。


 体重が七キロというのは、少なすぎやしないか……? 平均的な小学生女児が何キロくらいなのか見当もつかないが、米一袋よりも軽い?

 枯れ枝のような幼児が脚に絡みつくイメージが湧いてきて、ぞっと怖気が伝う。


「あれ? ちょっと待ってください」

 持田が自動販売機横のポスターを見て、素っ頓狂な声を上げる。

「これ、こっちのポスターは写真が違いますよ?」

 煙草屋の壁に貼られたポスターはおかっぱ頭の少女だが、自動販売機横の写真は、ツインテールの女の子だ。こちらもカメラを見ておらず、どこか遠くを見ている。

「なんだ、これ。写真を間違えた?」

「実の娘の顔写真を間違えることなんてあります?」

 持田とともに、電柱のポスターも確認してみる。こちらの写真は、はじめのおかっぱ髪の女の子だったが、氏名が「高橋美里(たかはしみさと)」と、一文字違っている。しかも、行方不明時の日付が昭和六年十月九日となっている。

「昭和……? 打ち間違い、ですかね?」

「……なんなんだ、わけがわからない」

 これは本当に親族が作ったポスターなのだろうか?


 背後から、ははは、と高らかな笑い声が響いた。びっくりして振り返ると、ミズキがポスターを指さして笑っている。

「本当に行方不明の女なんているのかよ? このポスター、偽物じゃないの?」

「ええ? 偽物?」

 持田は、すっかり悲しみが吹き飛んだような顔で、「なんでそんな真似する必要があるんですか!」と声をひっくり返らせた。

「さあ? 知らない」

 ミズキが、どうでもいいと言ったように首を傾げた。


 あらためて見渡すと、煙草屋の周辺だけで、十枚以上のポスターが貼られている。よく見ると、まっすぐ貼られていなかったり、剥がれかけていたり、数枚重ねて貼られていたり、めちゃくちゃだ。とても、子の安否を気にする家族の行いとは思えない。

「面白がってんじゃないの、あいつが」

 頭に浮かぶのは、あの呪物ミニカーだ。こんな物まで創り出して、「可哀想」という同情を増幅させたいのだ。増幅させて、忘れないようにさせて、この世に自分の存在を留めておこうとしているのか。


「まあ、偽物だったらいいけどさ! このうちのどれかが本物で、マジでいなくなっているとしたらやばいよな」

 ミズキがとんでもないことを言い出し、持田と二人、目を見合わせた。

「どれかが、本物……?」

 この中に、本物の行方不明の女の子がいる……?

 本当にいるとしたら、いったいどの子が。なんという名の子が。いつ、どこで……。

「どれが本物の情報かわからない。本物がいるとしたら、うまく見つかるかな」



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