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第28話 呪物とアンデッド

 ふいに意識が浮上し、暗闇の中で目を開けた。


 カーテン越しの外は暗い。まだ朝ではないようだ。

 いったい何時だ……? 

 スマホを取ろうとするが、腕が動かない。体勢を変えようと身体に力を籠めるが、布団の下で微動だにできない。顔も動かせないが、眼球だけは辛うじて動かせた。暗い部屋の中、なんとか瞳の動く範囲で観察する。


 いつもと変わりない、自分の部屋だ。天井からぶら下がるシーリングライトと、薄闇の中でもわかる、くすんだ壁紙。その前にずらりと並ぶ、様々な呪物のシルエット。

 ――よくある金縛りだ。特に慌てることもない。

 曰くつきの呪物を集めていると、こうしたことがよくあった。

 時に、胸の上に女の生首が乗っていたり、枕元に男児が立っていて、じっと顔を覗き込まれたりもした。先月なんかは、息苦しさを感じて目を覚ますと、丸刈りの男の霊に首を絞められていた。コラムの読者から送られてきた、曰くつきの鏡を受け取った日の夜のことだ。


 たいていは、目を閉じてやり過ごせば朝になっている。

 いつものようにやり過ごそうと、身体の力を抜く。目を閉じようとした瞬間、足元に小さな人影があるのに気付いた。


 ――窓を叩いてくるんじゃないのかよ。

 太一の話では、ベランダから、ベランダがなければ窓から、『入れてくれ』と訴えてくるはずだった。なのに、もうすでに部屋に入られ、足元に迫っている。


(これも俺が強く同情するせいか……?)

 橘は、なんとか足元を見ようと目を動かした。

 輪郭の定まらない、虫の大群のような黒い影。大きさは一メートルくらいの高さか。小学生、いや園児くらいだろうか……。そういえば、死んだ子は、男の子だったのか女の子だったのかすら聞いていない。確かめられるだろうかと目を凝らした瞬間、両脛に激痛が走った。

「いっ」

 人影が、脛に乗っかるように立っている。骨が、きり、と悲鳴を上げる。

 影から、ぅわん、ぅわん、と耳障りな雑音が響いてくる。大量の虫の羽音のような、人々の啜り泣きのような、耳を塞ぎたくなるような音だ。

 影がざわりと前進する。両脛が、ぎりぎりと痛む。

「……っどけろっ!」

 声を絞り出すのと同時に、金縛りが解けた。

 飛び起きると、影は霧散していた。

 布団をめくって足を見ると、両脛の広範囲に、痛めて数日経過したような、紫色の痕がついていた。

「どうしろって言うんだよ」

 受け入れ早々、怪我をする羽目になり、毎晩これが続くのだろうかと辟易した。




 階下へ降りると、ミズキが煙草屋の店番をしていた。

 当然、客などなく、閑古鳥が鳴いている。

「早速やられてんなぁ」

 脚の傷を見せてもいないのに、ミズキが可笑しそうに口角を上げた。人が実際に怪我をしているというのに、面白くてしょうがないといった表情だ。

「今までも姿を見せる霊はいたけど、こんなに攻撃力の高い霊ははじめてだ……。それに子供とは思えない力だ」

 ミズキは、ハッと鼻で笑うと視線を小窓の向こうの外へと向けた。

「この前から子供、子供って。死んだら子供も大人もないんだよ。ただの本能の塊だ」

 そういえば、こいつも一度死んでいるのだと改めて思う。死後の世界では大人も子供も関係なく一緒に過ごしていたのだろうか。

「死後の世界では、みんな一緒にいるのか。――ミズキも、母親と一緒だった?」

 首がねじ切れるほどの勢いで、ミズキが振り返った。

「かあさん?」

「ほら、……おふくろさんと一緒に交通事故に遭ったって聞いたから。死んだ後も一緒だったのかと思ってな」

 それならば、少し救いがある。小学生の男の子が一人っきりで彼岸ひがん彷徨さまよっていたのかと思うとやりきれない。

「かあさんとは、会っていない」

「一緒じゃなかったのか」

「俺は、彼岸には行けていないから」

「……どうして?」

 ミズキはそれ以上応えず、興味を失ったように外に向き直った。


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