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第27話 呪物とアンデッド

「おい祐仁」

 部屋でコラムを書いていると、ミズキがノックもせずに部屋に入ってきた。

「どうした」

「これ、外のカウンターに置いてあった」

 突き出されたミズキの手の上に載っていたのは、例のミニカーだった。

「どうしてそれ!」

 橘は思わず頭を抱えた。zoomを切る瞬間、思わず可哀想だと同情してしまったのがよくなかったか。霊は、自分を気にかけてくれる橘のもとを居場所と決め、やってきてしまったようだ。憑りついているのが幼い子供の霊なら、なおさら執着するだろう。


「あぁ、やばいな」

「どうして? お前が取り寄せた呪物じゃないのか?」

 ミズキも呪物だとはわかっているらしく、ミニカーを掌に載せてめつすがめつ眺めている。ミズキにとって、霊障などあってないようなものなので、呑気なものだと羨ましくなってしまう。

「あんまりよくない呪物なんだ」

「呪物にいいも悪いもあるのか」

「子供の……、死んだ子供の霊が憑いているんだよ、それには」

 一拍置いたあと、ミズキが「へー」と無感動な声を発した。

「父親に虐待されて死んだ子らしいんだ。太一に説明されて、思わず可哀想だって同情してしまったらここに……。よくないんだ、霊に同情するのは。自分を気にしてくれるんだと憑いてこられる」

 溜息を吐きながら説明してやると、再びミズキがへー、と息を漏らした。

「祐仁、やばい呪物いっぱい持ってるじゃん。なんでこれだけそんなに気にするんだ」

 子供の霊は一番恐ろしい。無邪気な子供、と言われるように、子供のうちは倫理観や善悪の分別がまだできていない。その状態で死んでしまい、怨霊となるとすさまじい力でこちらを呪ってくる。特に虐待死した子供なんて、生前愛してもらえなかった無念が、反動となって強大な呪いになっている。

「子供の霊は恐ろしいんだ。何をしでかすかわからない」

「じゃあ、どうする? この呪物。捨てとくか?」

「太一の店に戻しておく」

 ミズキからミニカーを受け取り、梱包資材に包んだ。

「まあ、戻したところで勝手に戻ってくるだろうけど」

 案の定、ミニカーは翌朝、再び外のカウンターに置かれていた。




「もうお前のコレクションに加えてやれよ」

 ミズキが無造作にミニカーを放ってよこした。あまりの乱暴な扱いに慄くのと同時に、自分も初めからこれくらいのスタンスでこの呪物に接していればよかった、と後悔した。

「――もう、そうするしかないよな」

 再び太一にzoomを繋ぐと、太一は眉間を揉んで溜息を吐いた。

「いつの間にかなくなったと思ってたのよ。……やっぱりそっちにいっちゃってたのね」

「話を聞いた一時間後にはうちに」

「ずいぶんと入れ込んでいるなって心配はしてたのよ。あんた、へんに情に厚いところがあるから。……なんだかごめんね、あんな話しちゃって」

 太一に謝られ、気まずい思いで首を振る。へんに情に厚い――そんな風に思われていたのかと初めて知った。

「で、どんな霊障があったんだこの呪物には。もちろん、何度も戻ってくるってだけじゃないんだよな?」

 何度も戻ってくるだけなら、誰も無理に手放そうとはしないだろう。この子が生きていた証として、仏壇に飾ってやればいい。そうならなかった、そうできなかった理由があるはずだ。

「その子、日頃からベランダに放置されていたらしくてね。……それで死んでからも毎晩毎晩、家の中に入れてほしいって訴えてくるらしいの。たとえベランダのない家だとしても、窓の外から『入れて、入れて』って」


 駄目だ、聞いているだけで泣けてきそうだ。――もちろん、同情して入れてやったりしたら最悪な目に遭うのはわかっていても。

「それでつい窓を開けてあげちゃったお祖母ちゃんがね。子供の霊に乗っかられて胸骨骨折」

「骨折? 子供の力で?」

「子供っていうか、霊の力よ。そばに寝ていた孫も、足に大怪我負っちゃって」

 幼いまま死んだ分、何事にも分別がついていない。悪気なく、加減なく生きている人間に向かい、酷い結果を招いてしまったのだろう。

「オカルト研究家の家にあった時なんか、その研究家の奥様が妊娠していてね……。そのお腹の子、流産しちゃったらしいのよ」

 ――最悪だ。ここまでくると、悪気がなかったでは済まされない。

「もちろん、その子供の霊のせいとは断定できないんだけど」

 これから生まれ出る子供に、妬みに似た気持ちがあったのだろうか。子供ながらに自分に与えられなかった愛情や環境に嫉妬したのかと思うと、悲しみや怒りがごちゃごちゃになって押し寄せてくる。


「橘!」

 太一に強く呼び掛けられ、はっと我に返った。

「もう! さっそく同情し過ぎよ! しっかりして、そんなんじゃすぐに取り憑かれるわよ」


 昔から、子供が理不尽な目に遭うのが苦手なのだ。たいていのホラー映画は楽しめるが、子供が殺されてしまう作品はどうにも見られない。

「気をつけるよ。俺の知り合いの住職にもお焚き上げを頼んでみる。面白い奴でな、住職のくせに『幽霊なんかいるわけないだろ』って鼻で笑う奴なんだ」


 結局、住職のもとへは行かず、ここ日の出荘でこの呪物は壊されることになる。


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