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第26話 呪物とアンデッド

「今回はあんまりいいものが入ってきていないのよ」

 モニターの向こう側で、大柄な男が周辺の物を手元にかき集めている。

「目玉商品はこの壺。猿酒さるざけが入っていた壺だって強引に売りつけられたんだけど、真偽は不明ね。本当に猿酒が入っていたのなら、底に染みの一つもついていそうなものだけど、ほら見て。綺麗なもんよ。あと、中部地方の旧家の鬼瓦おにがわらも新しく入ってきたけど、見た目が迫力があるってだけで謂れは特に何もない」


 次から次へと商品をモニターに近付けて見せてくるのは、骨董商の太一だ。今日はzoomで、新しく入ってきた商品を見せてもらっていた。以前はよく、隅田区にある太一の店に足を運んで商品を選んでいたのだが、ミズキが来てからはリモートでの買い物が増えた。


 橘は首を横に振って、買う意思がないことを無言で伝えた。

「絵画系はないか? 今度、カルチャー系の雑誌の取材を受けるんだ。写真映えがするように少し大きめで見た目にインパクトのあるものがあるといいんだけど」

「絵かぁ。いい物入ってきてないんだよね。これはどう? 幽霊画の掛け軸」

 太一が背後にあった筒状のものを引き寄せる。巻物で、広げると墨一色で描かれた幽霊画が現れた。雰囲気はあるが、凡庸だ。

「……色合いが地味だな。写真映えしなそうだ」

「地味に決まってるじゃない。幽霊画が色鮮やかだったらどうするのよ」

 太一がモニターの向こうで唇を尖らせる。その表情と、短髪に髭面ひげづらの逞しい顔とがどうにもミスマッチで、橘はついアルミ箔を噛んだような顔になる。「なによ」と太一がさらに唇を突き出した。


 太一と出会ったのはおよそ十年前。長い付き合いで、今や気の置けない関係になっている。だが名字は知らない。これまで尋ねたこともない。

「これはどう? 東北地方の名家に伝わるデスマスク。一家の当主は死んだら必ずデスマスクを作るんですって。橘になら、安くしておくわよ。先週買い付けに仙台まで行ったの。帰りに温泉にも寄っちゃった。ご飯はおいしいし、お肌もツルツル。最高だった。で買う?」

「パス」

「じゃあ、これは? 関西のとある神社から見つかった安倍晴明の弟子が使っていたとされる式神の欠片」

 太一が白い紙片をカメラに近づける。

「それもパス。商品自体には興味あるけど、小さすぎる」

「写真映えしない?」

「そうだな。それに、その紙切れが、本当に安倍晴明の一門の人間が使っていた物かもどうかあやしい」

 それはそうね、と太一が式神を引っ込める。ふと、太一の手元に鮮やかな赤色が掠め、「それは?」と言葉を挟んだ。

「……え、どうしてこれ」

 赤色の小物に気付いた太一が、当惑している。動揺ぶりに、太一の持ち物ではないのかと不思議に思う。

「それは? 子供用の玩具おもちゃか?」

「そうなんだけど……これはよしておいたほうがいいと思う。こっちに持ってきたつもりはなかったのに」

 珍しく太一が言いにくそうに語尾を濁した。

「どうした? 何かやばい呪物?」

 強力な呪物だったら、なおさら売ってほしいものだが、太一は顔を曇らせたままだ。

「巡り巡ってわたしのところに来たものなの。――これ、幼い子供が死んだ時に手に握っていた物なんだって。ミニカー」

 太一は、モニターに近付けはせず、赤いミニカーをそっと手の上に載せた。

「……事故死? 病死?」

「虐待死。実の父親に」

 口の中に苦い味が広がる。太一が言いにくそうにしていたのも納得だった。

「……まさか、その父親が売りにきたんじゃないよな?」

「まさか! 父親は今塀の中よ。親戚筋の人間が、その子の玩具をまとめてお墓に一緒に入れようとしたんだけど、どういうわけか、これだけ手元に戻ってきちゃったそうなの。最終的にはお寺にお焚き上げを依頼したらしいんだけど、それでも戻ってきて――。お寺のご住職から、人形供養寺、オカルト研究家といろいろと巡り巡って、最終的にうちへ」


 まるで我が家の盃の話を聞いているようだ。あの手この手で供養しようとしても、いつの間にか戻ってきてしまう。

「橘にも、さすがにこれはさすがにおすすめしない。……それにしても、他の呪物たちと仲良く過ごしてくれるように倉庫にしまっておいたんだけど、どうしてこっちにあるのかしら」


 ――嫌な予感がする。久々のオンライン商談に紛れ込んでくるなんて、まるで橘のもとへ来たがっているようではないか。

「――今日は全部やめておくよ」

「そうね。いい感じの絵が入ったら連絡するわ」

 太一も同様に嫌な空気を感じているらしく、手早く周囲のものを片付け始めた。

 嫌な予感がしたら、すぐに切り替える。

 空気が急に淀んだら、大きな柏手かしわでを打ってみる。身体が重く感じたら、塩と日本酒を入れた風呂に浸かる。周囲より暑いと感じる空間があったら、そこには本当に霊がいる、逃げの一択。――呪物を扱う人間には、様々な回避法が自然と備わってゆく。


 太一がすっかり切り替えた表情で顔を上げた。

「ねえ。ミズキちゃんは元気なの」

 ミズキがこの家に現れて数日たった頃、太一にはミズキの存在を伝えていた。太一が、反魂の術の解除法や、アンデッドを戻す方法を知っているのではないかと微かな望みを掛けた。が、太一も解決法など知らなかった。だが恵と違って、太一は今だミズキの様子や暮らしぶりを気にかけてくれている。

「元気でやってるよ。最近は数学に夢中だ」

「あら、賢いじゃない」

 太一は面食いのゲイなので、器量のよいミズキをたいそう気に入っている。

「あいつ、結構勉強好きなんだ。外の世界にも興味深々で、最近は自分から外出したがる。今度太一の店にも連れてゆくよ」

「楽しみ。待ってる」


 子供たちには、不安や恐れを感じずに日々を謳歌してほしい。たとえそれが死人の少年であっても同じだ。

 ――実の親に虐待されて死ぬなんて、考えるのも辛い。再びミニカーの持ち主への同情の気持ちが溢れて、慌ててzoomを退出した。不必要な同情は、怨霊を呼び寄せる原因になりかねない。


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