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第7話 逢魔時の煙草屋

「――はい、なんでしょう」


 青年は、前回と同様、ぞんざいな態度でカウンターに出て来た。わたしの顔を見ても特段変わった様子はなく、まるで初対面のように接してきた。……わたしを、覚えていないのだろうか? それとも、いつ誰に対してもこのような対応なのだろうか。しかしこころなしか、前よりも言葉に親しみが込められているようにも感じる。


 わたしは再び、例の煙草屋を訪れていた。

 今日はA社とのアポイントはなかったのだが、なかば強引に挨拶をした帰りだ。先日と同様、時間は夕刻。辺りは薄闇に染まり始めている。

 相変わらず薄暗い照明の中、青年の顔だけが白磁器のように白く浮かび上がっている。

「マイセン一つ」

 わたしは、青年の白い頬に見惚れながら銘柄を伝えた。

「――はい」

 今日はさほど迷うことなく、青年は右の棚に視線を向けた。白い指先でひと箱つまみ、窓口から差し出してくる。

 先週わたしが教えたおかげもあり、マイセンは覚えたようだ。だいぶ店番にも慣れてきたのだろう。これから少しずつ、他の銘柄も覚えていくに違いない。

「……」

 しかし、商品の受け渡しはまだ無作法だった。値段も告げず、ただわたしの顔をじっと見る。


 青年の兄が心配しているように、まだ商品の金額までは気が回らないのかもしれない。わたしは新入社員を前にした心地になり、試すような気持ちで千円札を差し出した。

「……」

 案の定、青年は無言だ。わたしは、予想した通りの反応にわずかに興奮し、青年の目の前に勢いよく手のひらを突き出した。

「お釣りは? お釣りを返してくれなくちゃ」

 青年は、きょとんとわたしの顔を見返した。

「……」


 ぼんやりとした様子を見ていると、わたしが教えてやらねば、と使命感が湧いてくる。

 この寂れた煙草屋に、客などあまり来ないに違いない。特にわたしのような、新人教育の経験のある、公平で、かつ世話好きな客は。良い機会だ、わたしがこの青年に接客の基本を教えてやろう。

「お釣りだよ」

 なお一層手を突き出すと、青年は怯えるように軽く身体を引いた。こんな表情もできるのかと微かに興奮が沸き上がる。

「まさか釣りを返さないつもりかい?」

 さらにカウンターに近付くと、突然青年の肩越しに、ぬっと黒い袖が伸びてきた。

「四百二十円のお返しです」


 ひっ、と情けない悲鳴が口から洩れた。

 あの、兄だった。青年の背後から、まるで二人羽織でもするように腕を伸ばしてきた。

 いつからいたのだ……。青年の背後に? この、一目で全貌を見渡せそうな狭い店内に、どうやって息を潜めていたのだ。


「お待たせしました。四百二十円のお返しです」

 兄に真っすぐに見据えられ、震える手で小銭を受け取った。

「あ、ああ……」

 そのままポケットにざらざらと流し込む。後ろめたい気持ちになり、兄の目を見られない。


 兄の視線を避けて俯くと、初めて煙草屋の店内の様子が見えた。煤けた壁一面に飾り棚が設置されている。一番下の段には、白いヘルメットのようなものが飾られていた。

 店内は暗く、はっきりとは見えない。仄白ほのじろい球体に、二つの空洞が開いている……。細かい粒のような物も見える……あの粒のようなものは、歯? まさか、頭蓋骨……? 


「――いつもありがとうございます」

 兄が半身をずらし、わたしの視線を遮った。はっと顔を上げると、兄の漆黒の瞳と目が合った。

「この前もお会いしましたね」

 わたしの一挙手一投足を、真っ黒い瞳が追っている。居ても立ってもいられなくなり、わたしは、曖昧に頷くとそそくさと店を離れた。


 振り返らず、辻まで早足で歩く。角を曲がって煙草屋が見えなくなると、ようやく肩から力が抜けた。

 あれは何だ……? 髑髏? 頭蓋骨? 理科の教師とか……。趣味で飾っているのだとしたら、随分と悪趣味だ。 ――――まさか、本物では?


 ぞっと怖気が這い上がってきて、後ろを振り返らずに歩いた。もうここに来るべきでない。気味が悪すぎる。――しかし。

 あの二人、本当に兄弟だろうか? 青年は、あの不気味な大男に監禁されているのではないだろうか? 常にどこかから監視されていて、余計なことを喋らないように洗脳されているのではないか。だからわたしと接する時も、あんな様子なのでは。

 彼が心配だ。タイミングを見計らい、青年が一人になったタイミングで、手を差し伸べてやろう。

 ポケットの中のマイセンのソフトケースを、じんわりと握り締めた。


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