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第4話 呪物蒐集家 橘祐仁

 なかなか下りてこないコラムのネタに頭を悩ませていると、下から、どんっ! と突き上げてくるような衝撃を感じた。

 時刻は午前零時。外を通行する車両の音もすっかり途切れ、静かな夜だ。


 ――地震? 

 スマホを起動したが、地震速報は何も出ていなかった。窓を開けて下の通りを見てみたが、外で事故が起きた様子もない。何事かと、橘は急いでパソコンデスクから立ち上がった。

(壁に穴でも開いてないだろうな)

 築四十年の木造の建物だ。大きな地震でも来たら倒壊しそうな頼りない外観をしている。それに、階下に暮らす高齢の大家のことが心配だった。

(今の揺れ、大丈夫だったか? ――まさか、大家がぶっ倒れた音じゃないだろうな)

 一段飛ばしに階段を駆け下り、大家の部屋の扉を叩く。反応はない。


「志賀さん、大丈夫ですか? 今の音はなんです?」

 扉を開け、無人の居間を横切る。仏壇の前を過ぎ奥の襖に手をかけると、中からかすかに物音が聞こえてきた。


「大丈夫ですか!」

 迷っている暇はなかった。橘は勢いよく襖を開け放った。


「志賀さん!」

 悪い予感が当たった。部屋で大家が倒れていた。

中央には布団が敷かれ、掛け布団にしがみ付くような恰好で倒れている。寝ようとしていたところに地震がきて、転倒してしまったのか。慌ててそばに跪いてから、強烈な違和感を感じて顔を上げた。


 ――部屋の奥に、もう一人、人間がいた。


 部屋の隅で十代くらいの少年が膝を抱えていた。暗がりの中、白い着物がぼんやりと浮かび上がっている。顔が、着物と同じくらい真っ白だ。

「誰だお前、どこから入ってきた?」

 少年は答えない。

 部屋の隅を背に、これ以上ないほどに身体を縮こめている。


 中途半端に伸びた髪の隙間から、ガラス玉のような大きな瞳が覗いている。橘の顔をじっと見るばかりで、口を開こうともしない。もしかして少女かとも思ったが、着物から突き出た手足の骨が大きく男っぽい。

「お前、……大家に、何をした」

 少年は否定も肯定もしないどころか、ぴくりとも動かない。反応のない少年にかまっていられず、橘は大家のそばに跪いた。


 軽く大家の身体をゆするが反応がない。顔を覗き込めば目を見開いたまま布団に突っ伏していて、息絶えているのが一目瞭然だった。

 そばに、見覚えのある小瓶が転がっている。

 嫌な予感がして拾い上げた。


「――反魂の、」

 蓋が外れていて、中身が尽きている。

 まさか、……使ったのか?

 大家の顔を覗き込み、もう一度少年を振り返る。

 浴衣のような簡素な着物、……それに白い足袋たび。若い少年が身に着けるような物じゃない。


 ――まさか。

 じり、と少年ににじり寄る。

少年の身に着けているものは、死装束しにしょうぞくだ。着物はまだ真新しく、ここ数日で着せられたものだとわかる。

橘は、さらに少年に近付いた。反対に、少年はさらに身体を縮こめる。


 年齢としは、十代後半くらいだろうか。頬のあたりに、まだあどけなさを残している。手足はほっそりとしているが、ぱっと見て大きな外傷はない。もちろん、欠損もしていない。――死因は病死か。


 大家の息子は、もう二十年も前に死んでいる。もちろん、亡骸はとっくの昔に火葬されているだろう。


 この少年は、――この少年の身体は、大家の息子ではない。


 反魂の秘薬を試すため、どこかからこの少年を連れてきた――いや、盗んできたのだ。この、少年の遺体を。そうして反魂の秘薬を使い、この遺体に息子の魂を込めたのだ。秘薬は本物だった。遺体は息を吹き返し、こうして橘の前で動いている。


「お前は、大家の息子の、……瑞樹みずき君か?」


 少年が初めて顔を上げた。ゆっくりと口を開く。固唾をのんで反応を待っていると、少年は声にならない、ひゅう、という喘鳴を漏らした。


 秘薬は、本物だった。

 大家は、反魂の術を成功させたのだ。


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