「これは、なんですか」
ポルックスは目玉焼きを見るのは初めてだった。目玉焼きを売っているコンビニはレイブンも見たことがない。作れないからこそ、目玉焼きぐらいは常識で知っておいてもらおうと思った。
「目玉焼きだ」
「目玉を焼くのか。誰の」
紫水がぷっと吹き出し笑いをして、ごめんねと謝った。謝罪しているのに笑っている。謝ってもらった気はしない。
「ポルックス。誰の目も焼いていない。これは鶏の卵を割り、フライパンで焼くとこうなる。分かったか」
「そうなのか。レイブン。このまま食べれば良いのか」
紫水が塩。ソース。マヨネーズ。醤油。ケチャップ。ポン酢を置いた。意味が分からず疑問の視線をポルックスは向けた。
「ポルちゃんが好きなのをかけたら良いよ。
シンプルな味が好きならお塩。濃い味が好きなら、ソース。マヨネーズも一緒にかけても良い。
さぁどうぞ。使ってください」
ポルックスは何となく全てを使いたくなかった。馬鹿にされているような気がしてならなかった。
「トイレをお借りします」
紫水の視線、レイブンの視線から逃れるように、ポルックスはトイレに逃げてしまった。どうしたらいいか分からなくて。直ぐに思い直してトイレから出た。2人の声が聞こえてきた。
「純粋過ぎないか彼。向いてないよ。
レイブンの仕事の助手には」
「分かっているのだよ。彼は汚れも闇も知らない。だからこそ眩しく見える。無知は罪だ。彼には本当にやりたいことをさせたい。こちらからは何も言わないのだよ」
無知は罪。やりたいことをさせたい。やりたいことって何。おれは常識も何も知らない。それでも少しはレイブンのことが分かっているつもりだった。
「情けなぁ。おれ。何にもなれてなかった。レイブンの」
何故だか、ポルックスは泣きたい気持ちになった。