目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第65話

 落下する直前に見たジャンの顔と伸ばされた手はあたしに届くことはなく、あたしはそのまま落ちて行った。


 崖側に避難していたことを後悔したけど、もう遅すぎだ。


 あたしが崖から落ちた後狼も同じように落ちているのが見えたけど、あたしには何もすることが出来ない。


 段々と地面が遠くなって行き、下の滝壺が近付いてきたと思ったら、あっという間に水に飲み込まれてしまった。


「……!」


 痛い。冷たい。


 気絶してしまいたかったけど、ここで気絶したら死んじゃうかもしれない。


 そんなの嫌だ。あたしにはやりたいことがいっぱいある。ちぎれそうになる意識をなんとか繋ぎ止めて、上も下も分からない水の中で空気を吐き出してしまわないように歯を噛みしめながらソッと目を開ける。


 上から見た時は、滝壺の下の方は深いからか見えなかったけれど、思ったよりも滝壺の中は澄んでいて底も見えるんじゃないかとあちこち視線をさ迷わせていると狼がジタバタしているのが見えた。


 そういえば、落ちたのはあたしだけじゃなかった。


 狼のことは一瞬気になったけど、あたしも同じような立場上だし、それどころじゃない。


 冷たい水の中にいつまでもいるのは、無理。


 息がいつまでも続く訳でもないもん。だからさっさと見つけなければ。


 どこだ。どこかに剣はないか。


 あっちこっち視線をさ迷よわせていると、視界にキラリと光る物があった。


 一瞬また狼? と思ったが、狼ならばさっきどこかに流れてしまった。 


 多分死んだんだろう。だから、視界の端に映ったものは狼ではない。だったら何だと思ったら剣だった。 


 剣が一本滝壺の底に突き刺さっているのが見えた。


「あ」


 剣を見つけた喜びから声を上げてしまい、口の中に水が入ってきてしまった。


 剣が見えているのに、底まで行けないなんて……。


 でも、これ以上は苦しい。一度上がって空気を吸わないと。


 剣は後で取ればいい。上にいる四人だってあたしのことを心配しているはずだ。 


 水の中から顔を出せば、滝の凄い音にびっくりする。


 水の中だとあんまり気にしてなかったけど、凄い音ね。


「おーい!」 


 息を思いっきり吸ってから滝壺を覗き込んでいた四人に大声を出す。


「やった。生きてた!」

「大丈夫かー?」

「今助け……どっから降りるんだこれ?」

「知るか!」

「あたしは大丈夫! こっちで道探すからみんなは先に戻ってて!」


 底に刺さっている剣は気になる。だけど、すぐに潜ったら上の四人に心配掛けさせるかもしれないと返事をする。


 剣はあそこに突き刺さっている。動物と違って逃げる訳じゃないからいつ来てもいいんだし。


 それに、剣を持って帰ったら何があったってびっくりされるかも。


 そう自分を納得させて返事をすれば、上からはちょっと戸惑ったような反応があったが、降りる場所が近くにないから諦めるしかなかったみたいで、声を掛けてきた。


「俺ら他の奴呼んで来る。それまでは大人しくしとくか、道を探すんだったら何か残しとけ!」

「分かった!」


 何かってなんだ。


 何も持ってないから出来るかは分からないけど、とりあえず返事をしておく。


 いつまでも水に浸かっていたら体が冷え過ぎて風邪引いてしまう。


 上の四人が去って行くのを見送ってからあたしも陸に上がった。


「剣の場所は分かったから後は取るだけか……」


 どうやって取ろうか。滝壺はかなり深いからあそこまで息がもつかどうか。何か道具を使って行けばいいかな。


 長めのロープと──


「ハクション!」


 そうだった。陸に上がろうと思っていたのに、すっかり忘れていた。


 考え事は後でまとめてすればいい。


 慌てて陸地まで泳ぐ。


 泳ぐのは夏の暑い日にユリアとしょっちゅう川に行っていたからわりかし得意だけど、ここの水は冷た過ぎる。


 陸に上がれば、お日さまのあたたかい光にホッとするけど、体は冷えきっていたみたいで温度差に身震いする。


 ヤバい。これは本当に風邪引いちゃう。


 お日さまの光だけじゃ全然あったまらない。これは四人を待っていたら完全に風邪を引いてしまうかも。


 仕方ないから麓に戻るための道を探した方がいい。


 この辺は山の中腹よりやや上ぐらいだからとりあえず下に下って行けばいいはず。 


「っと、その前に目印作っておかなくちゃ」


 目印作らなかったら麓の人たちが来た時に分からない。あの四人もそう思ってたから言ってたんだろう。


 何か目印になりそうな物はと辺りを見回して見るが石と木と草ぐらいしかない。


 これで何か作るしかない。


 しばらくその辺の石とかを移動させている内に麓の人たちを連れて戻った四人が上から声を掛けてきてホッとする。


「ちょっと待ってろ!」

「こりゃ、下から行った方が早いんじゃねえか?」

「おい、何かロープとかねえか?」

「馬鹿! 長さが足りねえよ!」

「おい、あっちに道がないか見てくるからもうちょっと待ってろよ!」

「はーい」


 縄があってもあんな崖なんて登れないから下りれる場所探した方が早いと思う。


 それに、道を探してくれたらあたしが次に来る時に楽にここに来れる。


「さ、寒い……」


 しばらく待っていようと思ったけど、本格的に体が冷えてしまったらしく、気がついたら歯がカチカチと鳴っててうるさい。


 震えながら待っていたけど、これはいつになるのか分からなさすぎて待っている間に意識が朦朧とし、気付いた時には宿のベッドの上で熱を出していた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?