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第63話

 走りすぎて脇腹が痛い。というか、切り傷とかも出来てるっぽくてそっちもあちこち痛い。


 やっぱりこっちに逃げて来るのは間違いだったか。


 でも、麓の人たちが被害に遭うよりはいい。


「というか、何で退治に行ったのに、麓に出てんのよ!」

「うわっ!」

「な、なんだ!?」


 叫んで藪を突っ切った瞬間、目の前には男の人たちの集団。


 た、たどり着いたんだ。


 ホッとして今すぐにでも座り込んでしまいそうだったけど、後ろから狼が迫っている。そのことを伝えないと。


「あ、あの、お、狼! 狼が来た!」

「何!? どこだ!?」


 息が切れて喋るのがやっとだったあたしは後ろを指差した。


 狼があたしを追いかけていたことは何回も確認してる。その度に段々と近付いて来る狼に悲鳴を上げそうになるが、他に仲間がいたりすると大変なことになる。


 それだけは避けたくて悲鳴を上げるのも我慢してここまで来たんだもん。ちょっとぐらい誰か褒めて欲しい。


 あたしが息を整えている間に狼も追い付いてしまったらしく、おじさんたちの怒声と悲鳴なんかが聞こえてくる。


「大丈夫かい?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 近くにいたおじさんが声と手を出してくれたので、ありがたく手を借りて立ち上がる。


「どこの子だ?」

「麓の宿でお世話になってます」

「ああ、あそこの。麓から走って来たのか」

「は、はい」


 やっと息が整って来たけれど、かなり疲れた。


 あたしを追って来た狼はと見ようとしたが、近くにいたおじさんに止められてしまった。


「危ないから下がってなさい」

「えっ、でも……はい」


 大丈夫だと言おうとしたが、グロリアに稽古をつけてもらう約束はしていたが、まだ何も教えてもらってはいない。


 そんなあたしが大丈夫と言ったところで邪魔でしかないじゃんと慌てて頷いて数歩下がる。


 助けてくれたおじさんもあたしと一緒に下がったのは、もしかしたらあたしを守ろうとしてくれているのかもしれない。


 この人たちからしたらあたしが剣を扱えようが扱えまいが関係なく、守るべき存在だと思っているんだろう。


 それは、ありがたいことなんだろうけど、あたしの目指しているところに行くまでには今の状況よりもっと酷い状況を見る場合だってある。


 それなのに、こんなところでこうして見知らぬおじさんに守られているしかない状況は歯痒くて仕方がない。


 剣を見つけたらさっさと王都に戻ったらグロリアのところで稽古をつけてもらわなくちゃ。


 あたしが決意を固めている隙に狼は倒されてしまったらしく、歓声が聞こえてきた。


「これで終わりですか?」

「ん? いや、他にもいないか確認するが、そうだな。おい!」

「何だ?」

「この子麓まで送って行く奴はいないか?」

「そうだな。ついでにこの狼も持って行くから数人だな」

「あ、いや……」


 別に一人でも大丈夫だと言いたいけど、また出たら困るだろというこの人たちの言うことも分かるので、止めようか止めまいか少し迷ってしまったが、狼も持って行くからとあたしが断りにくいように話を持っていかれてしまった。


 おじさんたちの邪魔になってしまわないか心配だったけど、誰も気にしてなさそうというか、あんまりやる気のなさそうな若者たちに狼の死骸を持たせていた。


「悪いな嬢ちゃん。こんな奴らだけどいい奴ばっかだから帰りは心配しないでくれ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 あたしが一緒に戻る人たちは四人いる。狼が思ったより重いらしい。あたしも手伝おうかと言おうかと言い出しそうになったが、男四人で重いのにあたしが手伝ったところで歩きにくくなるだけだ。


 とりあえず、あたしがすることは近くに狼が来ないか気にすることだけらしい。


「じゃあ、行くか」

「あ、はい」


 一緒に行くメンバーに頷いて助けてくれたおじさんたちにお礼を言ってその場を去った。


 あたしが逃げた時、逃げるのに必死過ぎ過ぎてまわりの景色なんて見る余裕なんてなかったけど、一緒に麓に戻る四人の話しだとここは中腹より少し上ぐらいの位置らしい。


 あたしが見た滝の近くでもあるっぽい。


 あの滝のことを四人に聞いてみたら、四人は山から川が流れてくる場所があるからどこかに水源があるのだろうとは思っていたけど、この近くだったのかとのたまった。


 地元の人も知らない滝って……そんなのあるのか。


 でも、この山普段地元の人は入らないみたいだし、こんな風に狼も降りてくるもんね。危なっかしくて登りたい訳ないか。


 あたしも今まで狼を見てなかったから適当なこと考えてたけど、今日追いかけられて考えを改めた。あれは怖すぎる。二度と追いかけられたくはない。


「のぼってみなかったんですか?」

「麓の人間は狼が出るからって小さい頃から山には行くなって言われてるんだよ」

「それでも、毎年出てくるからその度に大人たちが退治しに行くもんだからいつかは俺らも行くんだろうって思ってたんだよ」

「まさか、狼の死骸担いで行くことになるとは思わなかったけどな」

「それな」


 聞いてみれば四人は今年成人したばかりだと言う。


 ようやく山に入れるようになったはいいが、そこまで狼退治に乗り気でもなかったので、狼の死骸は嫌だったみたいだけど帰れるのはラッキーだったそう。


 あたしが気を使わないように言ってくれているだけかもしれないけど、優しい人たちみたいだ。


 これなら麓まであれこれ考えなくてもいいかも。


 和やかな雰囲気にホッとしていると、四人の内の一人、確かジャンだったかが、滝を見に行きたいと言い出した。


「えっ、でも……」

「確かに、こんな機会じゃないと山なんか入れねえしな!」


 狼はどうすんのよ。それ重いって言っていたのに余計な時間取ってもいいのかと悩んだのはあたしだけだったみたいで、他の三人は案外乗り気みたいで騒ぎ始めてしまった。


 ちょ、そんなに騒いだら狼が出るじゃない。やめてよ!


「頼むよ。俺らも狼には興味ないけど、山には興味あったんだよ」

「そうそう。何か問題があったら俺らのせいにしてくれていいからさ」

「ええっと」


 ここで断ってしまうべきだろうか、四人はぐいぐいと押してくるので、断りにくい。


 それに、あの滝はあたしも行きたい。


 麓の人も一緒ならば狼が現れたとしても、この人たちが囮になってくれるかもしれない。


 それだったら行ってもいいかも。


 半分以上この人たちに押し通される形だったけれど、あたしは確かに頷いて滝に向かうことにした。

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