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第62話

 あれから数日。宿のおばさんには筋がいいと褒められて、もう少しだけ長くいて欲しいと言われて苦笑いするしかなかった。


 あたしは狼が退治されたら速攻で山に行って、捜索し終えたらすぐに別の場所に向かうからね。


 下手なこと言って宿代吊り上げられたくはないもん。宿を去るまではあんまり刺激しないでおこう。


「ん? あれなんだろ?」


 廊下の掃除をしている時にふと外を見れば、麓の人たちが集まっているのが見えた。


 もしかして、狼退治に今から行くんだろうか?


 それならあたしが山に入れるように頑張って退治して欲しい。


 陰ながら応援して掃除を再開する。


 あたしも彼らに着いて行きたいけど、そんなこと言ったらまた宿のおばさんにめちゃくちゃ心配されるだろうし、止められるからしないけどね。


 でも、気になるから宿のおばさんに後で聞いてみよう。


 そのためには今掃除を終わらせないと。


 ふと、二回目にジゼルに出くわした時のことを思い出した。


 あたしのまわりをうろついていたのは、ジゼルから聞いたことがあるが、そういえば何であの時、あたしが働いていた宿に何でいたんだろう。


 しかも、あの時一緒にいた人はジゼルの屋敷でもお城でも見たことはなかった。


 そりゃ、ジゼルのところで過ごした時間はそんなにないけど、あの人が誰だったのかちょっとだけ気になって来た。


 帰ったらジゼルにあの人は誰だったのか聞いてみようか、それともまた手紙を出してみようかな。


 手紙はこの前出した。どれぐらいで着くなのか分からないけど、そろそろ届いているかな?


 返事も来てないのにまた送るのはどうかと考えたけど、手紙のマナーなんてまだ教わってないから、もし、駄目だったのなら後で怒られればいいや。


 掃除を終えたら休憩してていいって言われてるから忘れない内にさっさと書いてしまおう。


「ラナちゃんちょっと」


 さくさくと掃除を済ませて部屋に戻ろうとすると宿のおばさんに呼ばれてしまう。


 なんだろう?


「はーい! どうかしましたか?」

「いえ、ね……ちょっとお願いがあって」

「?」


 何だろうと首を傾げるとおばさんは慌てて取り繕う。


「男連中が狼退治に出かけてる間、あたしらは村の外に出ないようにって言われてたんだけどさ、村の外れにいる親戚がタイミング悪く怪我しちゃってね」


 おばさんが見に行くことを約束していたが、この後どうしても抜けられない集まりがあったことを忘れていたそうだ。  


 親戚の家の場所を尋ねれば、宿からもそんなに離れてないため、特徴を教えてもらえばすぐに分かった。


「それぐらいなら別に平気ですよ」

「よかった。でも、危ないから獣避けの香は忘れないでね」

「はーい」


 そんなに危ないことはないでしょ。ついでに新しい服も買おう。繕ってはいるけど、山に何度も入るせいか、すぐに破れてしまう。


 古着でいいから新しい服を買わないとそろそろヤバい。


 おばさんの親戚の家に持って行く物を受け取って宿を出た。


 おばさんから預かったのは、大きめのバスケットが一つ。


 中は何が入っているのかと思うほどずっしりと重たい。


「中は着替えと、しばらくは動けないから作りおきの食事なの。ちょっと重たいかもしれないけど、大丈夫かしら?」

「た、多分」


 着替えも一緒に入っているのなら、うっかりこかしてしまわないように気をつけなきゃ。


 よたよたとした足取りだったから心配されてしまったけど、何とか落とさずに届けることが出来た。


「ありがとうね」

「お大事に」


 宿のおばさんの親戚の人に軽く挨拶して来た道を戻る。


 重たいバスケットを持っていたせいで、手のひらは真っ赤になってしまった。ちょっとだけじんじんするけど何とか落とさなかったからよかったよ。


 さっさと買い物を済ませて宿に戻ろうと来た道を戻って行く。


「?」


 何だろう? あたしの足音ではないジャリっと地面を踏む音がした。


 宿のおばさんの親戚の人が何かまだ用があったのかと振り返ってみたけど、ドアはしっかりと閉まっているのが、遠くに見えた。


 違ったのか。それじゃあ、誰かが家から出たのかな?


 まあ、あたしには関係ないだろうなと考えながら歩いていると視界がキラリと光ったような気がした。


 何だろう? 町中ならば窓が反射しただけなんだろうが、それとも違うようなと視線をさ迷わせていたらそれが映った。


「ひっ!」


 狼だ。何で? 麓の人たちが退治に行ったはずでは?


 獣避けの香は? と腰にぶら下げていた香炉を見れば、いつの間にか煙は出てなかった。


 いつの間に。


 いや、そんなこと考えている暇はない。幸い狼はあたしには気付いてないみたいで畑の方に行こうとしている。


 今ならまだ大丈夫。


 民家はちょっと離れているけど、走ればなんとかなるはずだ。だからお願いこっちには気付かないで!


 でも、あたしの願いは叶わなかった。


 最初はそろりそろりと移動していた。


 狼の動きを見ながら慎重に。だけど、あたしがあまりにも狼を見ていたせいなのか、何か別の要因があったのかは知らないが、狼はふいにこちらを見た。


 ここにユリアがいてくれたら、あの狼と交渉してどこかへ行ってくれたかもしれないが、今はユリアはいない。それならあたし一人でなんとかするしかないが、あたし一人じゃ逃げるのが精一杯。


 さっきの家も離れた場所にあるが、一番近い民家もそれなりに距離がある。


 急いで逃げなきゃ。


 あたしが走り出したのがはやかったのか、それとも狼の方がはやかったのかは分からない。ほぼ、同時に駆け出した。


 人のいる場所に逃げ込もうと思ったけど、戦える男の人たちが出払ってしまっているのに果たして人の多い方に逃げ込んでもいいものだろうか? それだったら山に逃げて戦える人たちに助けてもらった方がいいんじゃないかって考えて、進路変更した。


 ずっと山に行っていたからそれなりの体力はついた。


 問題は狼に追いつかれないかだけだけど、そんなの今考えてる暇なんてない。


 今は逃げるのが先決だ。


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