屋敷に戻るなり、見たくもなかったが見つけた顔を見て見つけたものの話をすれば、こいつがどんな風に顔を歪めるのか気になって上着を脱ぎながら声を掛ける。
「あ、そうだ。面白そうなものを見つけたよ」
「元あった場所に戻してこい」
「やだなぁ。まだ拾ってもないよ」
軽口を返しながら執事のユーリスに上着を渡す。
ユーリスは犬か猫を拾ったと思ってるみたいだけど、人間を、しかも二人程拾うつもりだと言ったらどういう顔をするのか見ものだ。
上着を受け取ったユーリスは怪訝な顔をしていたが、それ以上言わずにいた。
今はあまり興味がなくとも、あの子に関わっていく内にこの無愛想な執事も変わって行くのかもしれないと思うと、笑みが浮かんでくる。
最初に会った時はどこにでもいそうな庶民の子が背伸びをして、政治に興味を持って周りの子より自分出来てますアピールをしているのかと、少し呆れて見守っていた。
まあ、そういう時は誰にでもあるよなと、図書館から去って行く彼女の背中を見送っていたが、彼女は周囲の少女に見せつけたいというような感じではなく、どことなく思い詰めているような物だったけれど、気のせいだろうと考えていた。
それからはちょくちょく彼女の姿を見ることがあった。
最初は何故か気になるその姿に部下に調べさせようかとも思わなくもなかったが、面白そうな気配にそれをするのはやめて自分で近いてみることにした。
そっちの方が面白そうだと考えたから。
その勘は当たっていたみたいで、ラナという名前もどこに住んで居るのかもこちらをかなり警戒していて中々言わなかったが、それは仕方ない。
身寄りのない子どもが妹を守るためにとあくせく働く姿は庇護欲をそそるのか、周りの人間に恵まれているように見えた。
それは、僕の過去とへ違う彼女の境遇に強い憧れと嫉妬のような恨みのような憎しみに似た何かがない交ぜになったような自分でもよく分からない気持ちに支配されそうになった。
この気持ちが何なのか分からなくて、彼女のところへ会いに行くようになった。
彼女は会う度に表情がころころと変わり、その顔をもっと見たくなる。もしかしたら、こういう屈託のない人間だからこそ周辺の人から愛されているのかもしれないな。
そうして仲良くなって行く内に妹の怪我が思った以上に悪いことを知り、気付けば支援しようかと口に出していた。
彼女、ラナの顔は驚きに目を見開き、口をあんぐりと開けていた。
その口に何か入れてあげたいところだったが、生憎と何も食べられそうな物
は持ってなかった。今度から出かける時は何かポケットに入れておこうか。
ユーリスに持ち運べそうなお菓子を選別するようにと指示を出せば、嫌そうに眉をしかめられたが、それを無視していれば、今度は二通の封筒が差し出された。
「……何?」
「前侯爵様からと陛下からだ」
前侯爵様というのは、僕の父親でもあるけど、ろくでなしの男だ。
見境なしに子種をばら蒔き、僕のように本妻にイビられてる子どもが居ても、見てみぬ振りしか出来ない男。
本妻の息子が死んでからは仕事を僕に教え、ほぼ全ての業務がこなせるようになったらば、さっさと引退し、愛人を囲い領地に引っ込んでしまった。僕のことを散々嫌っていた本妻は復讐さるのが怖かったのか、実家に戻ってしまっていて僕に怯えているんだとか。
そんな両親はもうこっちには興味がないと思っていたのに、一体何の用だと封を切れば、ただの金の無心だった。
適当に用意させておけばいいやと手紙を放り出す。
こんな物に返事を返す必要もない。というか、それなり以上に蓄えがあったはずなのに、一体何に使ったんだ? ユーリスに調べておくように伝えて、椅子に腰掛けた。
新しい愛人が金使いが荒いだけならいいが、せっかく僕が継いだ爵位を傾けさせられたら面倒だ。そうなったら父を切り捨てるだけじゃ済まなくなる。
その前になんとか出来ればいいんだが。
そこまで考えて、ユーリスの腕が中々引っ込まないことに不審に思ったが、すぐにもう一通手紙があったんだと陛下からの手紙に目を向けてため息が出る。
「もう仕事したくないなぁ」
「大丈夫だ。まだまだ仕事はあるからな」
にこやかに伝えてくるユーリスは実に面白そうで腹が立つ。
こいつなんか階段で滑って落っこちてしまえばいいのに。
一応小さな頃からの幼なじみなのに、なんでこんなに性格が悪いのか。いっそのことクビにしてしまいたいところだが、仕事は他と比べても優秀だから辞めさせてしまうとこっちが困る。
色々と頭の痛い男だ。
陛下からの手紙は見たくなかったのに、いつまでも僕の前に差し出して来るので、見るしかなかった。
さて、陛下からの手紙にはどんな無理難題が書かれてあることか。
あの方はそろそろ隠居でも考えてくれたら世のため人のためになるのに。
面倒臭いなぁ。
あっちが引退してこないのならこっちがしばらく逃げるか。
ラナとその妹を連れて旅に出るのも悪くない気がする。
「ああ旅に出たい……」
「出たところで連れ戻されるのがオチだ。諦めて仕事しろ」