一昨日から酷い雨が降ってるため、障害物が増えるせいで千里眼の祝福が使いにくい。
私の祝福は雨もしっかり見ようとするので、こういう天気の悪い日は使い勝手が悪い、
どうしたものかと考えるが考えても仕方ない。雨が止むのを待つしかない。
だが、どうしようもない愚兄はこの天気ならば宿で大人しくしていればいいものの、ラナとユリアの二人が全く見つからない焦りからか探しに行くという。
私からしたら迷惑でしかないのだけれど、愚兄は何を考えて……いえ、愚かだからきっと何も考えていないに決まっている。
愚兄一人で行くのならばそれでいいのかもしれないが、私も着いて行かねばならないなんて嫌過ぎる。が、王命ならば仕方ない。
陛下の命は絶対。姫でしかない私はそれに逆らう術もない。
あの娘は諦めて別の誰かにしてもいいのではと思い始めたが、愚兄はユリアに逃げられてしまったことがかなり腹立たしかったためか愚かだからか愚直にもあの二人に報復することしか頭にないのだろう。
陛下に直訴する機会もないでしょう。
頭が痛い。
「姫、この先は川が氾濫していて危のうございます!」
頭痛薬でも飲もうかと悩んでいると、マリクスが声を掛けてきた。着いて来た護衛の中で私の祝福が雨と相性が悪いと知っているのはマリクス一人だけ。
「マリクス今は黙っていなさい」
「しかし……いえ、出すぎた真似をいたしました」
頭を下げるマリクスにそれでいいと頷く。
彼は小さい頃から私に仕えてくれた。結婚するのならばマリクスがいい。もしくは彼に似た優しい人。自分の結婚相手は選べないので誰に嫁ぐかはまだ分からない。
そんなもどかしさに腹が立つが、女に生まれてしまった以上は仕方がない。
だけど、愚兄には私が王位継承権がないとは言え、弱味を握られたくはない。こんな奴に弱味を握られるだなんてまっぴらごめんだわ! もし握られでもしたら死ぬまで利用されてしまうでしょうね。
それに、今、雨で使えなくてもそれより前に見た情報でもなんとかなるはずだ。
そう思ってマリクスを黙らせて馬を小走りで走らせる。
雨が降っているからか馬の機嫌がかなり悪く、これ以上の速さは無理だからだ。空を見上げればいつまでもしぶとくある分厚い雲を見上げる。遠くの方で雷まで鳴っている。
このままでは走ることすら無理になってしまう。
どこかで休めるような場所があればいいが、生憎しばらくは村もない。こんな場所で野営をするにしたって、この雨では少々厳しいものになってしまうでしょうね。愚兄だけ困ればいいのに。
一緒に走っている愚兄の馬を見る。あちらの馬もかなり機嫌が悪そう。いや、あれは愚兄の馬の扱い方が悪いからの方が大きいかもしれない。
そんなことを考えながら馬を走らせていると、段々と道が狭まってきた。
川があると言ったマリクスの話しと私の見た記憶が正しければらこの先に橋がある。川は橋よりだいぶ下にあるからそうそう壊れるはずがない。だからマリクスの不安は杞憂でしかない。
だから今感じている不安は気のせいでしかないと不安を吹き飛ばすように軽く頭を振ってその考えを追い出す。
「行きましょう」
大丈夫。私は何があっても愚兄より先に死なない。
◇◇◇◇◇◇
川の水がゴウゴウと唸りを上げて茶色の水が流れて行く。
この色はどこか上流の方で土砂崩れがあったのだろう。
道も脆くなっている可能性だってある。マリクスの言う通りにここまで来なければよかったのかもしれない。
「アルフ……」
「ちくしょうなんで俺がこんな目に……見つけたら……」
駄目だ聞いてない。
ずんずんと馬を進めて行く愚兄の背中にため息が洩れる。
仕方なく馬の手綱を握り直し、落馬しないようにと気を引き締め直す。
橋は上手く進めたがらここは崖になっている落ちたら死んでしまう。油断は出来ない。
戻るべきなんじゃないかという空気が出てきたが、この愚兄はそんな空気に気付いてすらいない。
こんな奴が人の上に立とうとするだなんて世も末だわ。
身分さえなければ、他国に逃げ出した方が得策なのかもしれない。
けれど、私はこの国の姫として生まれた。逃げることは許されない。
それならば出来るだけ自分の居る場所を居心地よく整える方に注力したいしするつもりだ。
ため息を吐き、愚兄に戻るように言いに行くために細くなった道を馬に気をつけながら愚兄に近付ける。
「アルフレッドいい加減に」
「うるさい! 俺に指図するな!!」
「あ」
パシッ
どちらが声を上げたのか分からない。もしかしたら両方だったのかもしれない。
愚兄に伸ばした手は勢いよく弾かれ、その拍子にバランスを崩し馬の上から崖の方へと体が傾いでいく。
「ミリシャ姫!!」
マリクスの声と愚兄が一瞬だけこちらに手を伸ばそうとしてその手がすぐに
引っ込んだのを見届けると、視界はあっという間に暗い空に変わり、私の体はそのまま落ちて行った。
崖の下がどうなっているとか知りたくない。崖の上にはマリクスの切羽詰まった顔とマリクスを羽交い締めにして止める護衛たちの姿を最後に私の意識は真っ暗に塗りつぶされた。