メイビがケントを押さえてくれている。これがケントではなく、王子様ならばこんな風に押さえてくれる人なんて居ない。
こんな風に王子様の前に立てる可能性なんて今のままじゃない。だけど、諦めたくなんかない。
復讐するためにはもっと強くならなくちゃいけない。
こんなことならゼランに剣の扱い方を教えてもらっておけばよかった。どうしてあの時はそんなことすら考えられなかったのか。
悔しさに手をぎゅっと握る。
あの時は何も考えてなかった。ただ、ユリアを見つけなくちゃいけないと取り憑かれたようにそれしか考えてなかった。
もし、あの時ゼランに頼んでいたらゼランには不審に思われたかもしれないけど、身を守るすべのないあたしたちが生き残るんだったら何だってしてもよかったんだ。
あの時もっと色々と考えておくべきだった。ただ、与えられた物を与えられたまま何も考えずにやってるだけだった。
あの時のことを後悔しても仕方ないし、今はゼランに頼ることは出来ない。ここの人たちに剣の扱い方や体の鍛え方とか今度聞いてみよう。
ここなら芸のためって言えば、何人かは教えてくれるはず。無理ならケントに加担していた人たちに怪我のことでお願いすればいい。
これからどうするかも重要だけど、今はケントだ。
今、目の前に居るのはユリアに酷いことをした王子ではなく、あたしの命を奪おうとした人間。あれが事故だったのかワザとだったのかそんなことはどうでもいい。
今はこいつを徹底的にやり込めたいけど、それをするには頭も力も全く足りない。復讐だのなんだの考えているはずなのに、足りないものだらけ、知恵もなくて嫌になっちゃう。
ケントに向ける感情は王子様に向ける憎しみみたいな物と比べると、全然憎しみとは言えないものだけど、これがあたしじゃなくて、ユリアが被害者だったらと思ったらふつふつとした怒りが込みあげて来た。
「あたしが生きてて残念だったね」
「てめっ……」
ケントが睨んで来たけど、あたしの前に居るキュリアさんとケントのことを睨んでるメイビの存在を思い出したのか、それ以上は言わずに黙ってしまった。
その姿にいいザマだとほくそ笑みたくなるのを抑えて、キュリアさんの後ろから顔を出す。本当はケントの目の前に立ちたいんだけど、それは許されてないから顔を出すだけに留める。
でも、本番では絶対に顔を歪めて悔しがる王子を見下してやる。無様に這いつくばったケントを見ながら想像上の王子様を這いつくばらせて、くやしそうな顔をさせる。
想像の中だけど、これはいい。
思わずにこにこしてしまえば、ケントに気味の悪いものを見るような目を向けられることに気付いて、慌てて取り繕う。
ケントはこの芸団から追い出されることが決まっているから、今後会うことはないだろう。だから、ケントに何を思われたって別にいいや。
「あたしは生きてる。あたしの命を奪うか考えていいのはあたしだけ。あんたなんかにこの命あげる訳ない。あたしの命はあたしだけのもの。あんたなんかにあげる命なんかないのだからごめんね」
ここまで優しくしてあげる必要はなかったし、もしかしたら、言いたいことの半分も伝わってないかもしれなかったけど、でも、言ってしまえば妙な高揚感すらある。
言いたいことは言ってやった。本番の時は何て言ってやろうか?
ユリアを傷つけた罪はかなり重い。こいつがやったことなんてあのクソ王子がしたことと比べたら些細なもの。
ケントが味わう苦しみなんかの比じゃないぐらいの苦しみを味わわせなきゃ気が済まない。
ケントの処分はキュリアさんたちにお任せしよう。あたしは自分の復讐だけ考えたい。
「キュリアさん」
「もういいのか?」
「はい。言いたいことは言ったので、もういいです」
「待て!」
「じゃあ行こうか。メイビはどうする?」
「まだ暴れそうだから押さえとく」
「分かった」
残ってくれるというメイビに声を掛けてからキュリアさんと共に天幕を出る。
ケントがまだ何か言っているみたいだったが、メイビがすかさず殴っているのが見えたけどキュリアさんが天幕を閉じてしまったので、それ以上は見えなかった。
天幕の中はそんなに冷えているとは思っていなかったのに、お日さまの日差しがあったかくて気持ちいい。
気付かない内に緊張していたらしい。
キュリアさんにケントの処分はあたしは別に何も求めないと言えば、少し驚いていたみたいだけど、納得してくれたのか頭を撫でられて、これからのことをちょっとだけ話してあたしは自分たちが使っている天幕に戻った。
明日からはわずらわしいことが減ると考えると清々しい気分だ。
後は怪我が完全に治って仕事に戻ってこの国を出て行くだけだ。
それからユリアの体調を見てから、あたしだけこの国に戻って来て、どうにかクソ王子に復讐をしてやる。
あたしの目的はケントなんかじゃないんだから。だから、これぐらいで弱気になってたまるもんか。
この国を出るまであと少し。
それまでは何事もなく過ごせるようにと神様に願う。