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第31話

 怪我が治ってから仕事を押し付けられることが減った。


 もしかしたら、あの忙しさもケントが裏で何かやっていたのか、ケントに便乗していた人も居たのだろう。


 あたしがその人たちのところに行くことがあると、こそこそと逃げようとする人すらいる始末。


 この状況にリズが不思議そうにしていたが、彼らのことを説明するのも面倒になってしてないけど、また何かあった時にチクってもいいよね。


 思わぬ収入もあったことだし、いいことばかりだ。


 ほくほくしながら歩いていたけど、ふとケントの顔が頭に浮かんだ。


 怪我した時のことはあんまり覚えてないけど、キュリアさんはケントのせいで怪我をしたと言っていた。


 何で危ないことまでしてあたしを追い出したかったか理由は分からないけど、いや、でも、出て行けって言われてたけど、まさか怪我までさせるとは思わないでしょ。


 キュリアさんにお願いしてケントに詳しく話を聞いた方がいいかもしれない。


 ケントは処遇が決まるまでは、どこかに閉じ込められているらしい。


 もしかしたら、キュリアさんに断られるかもと思ったが、意外にもケントと会うことはすんなりと許可が降りた。


「いいが、その時は私と、安全のためにメイビも一緒に行こう」

「メイビも?」


 そんなにケントって危険なの?


 前にいちゃもんつけられた時にはそこまで悪い人には見えなかったけど、怪我させられた訳だし、キュリアさんからしたら同じことがあったから予防したいのだろう。


 そう思って快諾するとキュリアさんはメイビを連れて来た。


 いつぞや舞台で見た時も、大きいと思っていたけど、近くで見るとますます大きく見える。ゼランと並んでもメイビの方が大きそう。


「怪我はよくなったのか?」

「あ、はい。もう大丈夫です」


 メイビの大きさに見惚れていたら、メイビから声を掛けられて呆けていたのが、恥ずかしくなってしまったけれど、何とか答えられた。


「それは良かった。みんな心配してたからな」

「そろそろ行こう」


 快活に笑うメイビに、こういう性格のよさそうな人ばかりだったらいいのにと思っていたら、キュリアさんに促された。


 ユリアも一緒に行きたがっていたが、ケントが犯人だって分かった時、宥めるのが大変だったのに、連れて来たら話になんないだろうからと、リズと他の団員で止めてもらっている。


 帰ったら報告してねと念押しされてるんだけどね。


 若干面倒くさくなって来ちゃったんだけど、あたしが言い出したことだから行かなきゃいけないよねと考えてる間にキュリアさんの足が止まった。


「いいか?」

「はい」

「じゃあ、入ろう」


 キュリアさんが天幕の入り口を開けてくれた。メイビ、あたし、キュリアさんの順番で入った。


 入り口を閉めると中は薄暗かったが、どこに何かあるかは分かる。


 ケントは天幕の真ん中に居て膝をついて後ろ手で縛られてるみたいだった。あたしたちが入って来た時は特に反応はなかったけど、キュリアさんが入って来た時はピクリと反応していたが、何か言うことはなかった。


 そして、メイビがケントの横に立ち、キュリアさんはあたしの前に立った。


 この立ち位置じゃ話がしにくかったけど、キュリアさんとメイビに安全には安全をと言ってこれ以上は譲歩してくれなかったので諦めたが、やっぱり話しにくい。


「……」

「ちょっとは反省したのか?」


 普段より低い声にこんな声が出るのかとびっくりしていたら、返事をしないケントに業を煮やしたのか、メイビがケントの事を小突いた。


「……満足かよ。俺をこんな風にして」

「いいや。全然足りないね。けど、今日はそれとは違う用件で来たんだ。ラナ」


 ここで名前を呼ばれるとは思ってなくて、ちょっぴりびっくりしたけど、あたしがお願いしたんだった。ケントの腫れた頬とちゃんと食事を取ってないのか、やつれて疲労の浮かんだ顔にはあたしに対する強い敵意。


 その瞳の鋭さに身をすくませてしまいそうになるが、この国の王子に復讐をと考えているのなら、こんな程度で怯んでいたら駄目だ。


 これは、王子に対する予行練習だと思えばいい。


「……ねえ、何であたしにあんなことしたの?」

「おい、聞こえてんだろ」

「ちょ、待ってください!」

「……うっせえ! お前何か嫌いだ! 消えろ! この団にはお前みたいなお遊び感覚で入っていい場所なんかじゃねえ! 消えろ!」

「まだそんだけ言える元気があったとはな」

「ぐっ……」

「待ってください!」


 メイビがケントの頭を地面に叩きつけ、キュリアさんが今まで見たことがないくらい、冷たい眼差しをしていたが、これじゃあ話が出来なくなっちゃう。慌てて二人を止めれば、二人は渋々だったがケントから離れた。


 よかった。これで気絶でもされたら話が出来なくなっちゃうところだった。


 ケントは土を食べてしまったのか、ツバを何度も吐き出してた。汚い。


 それをひとしきり待ってからケントにビンタしてやった。


「なっ……何しやがる!」

「痛い? あたしはもっと痛かったわよ」


 ユリアだってあんな怪我痛いに決まってる。それなのに、ユリアは泣き言も言わずに堪えていた。


 あたしの中の黒くてどろどろした感情が湧いてくる。


 ああ、これが憎しみって感情なんだ。


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