リズにケントのことを相談してから一ヶ月。
あれから忙しく走り回っているけれど、その間ケントから何かされたことはない。
遠くから何度か見掛けることはあったけれど、ケントの側には誰かがいたし、あたしたちも近付くことはなかった。
この一ヶ月の間に移動したのは二回。
大体、一、二ヶ月は同じ場所にいるようにしているけど、住民から移動するように言われたり、逆にこっちが気に入らないからと移動することもあるんだとか。
今回は予定していた公演日を過ぎたから移動したけど、客足がイマイチだったから早々に移動したんだって。あたしは言われた通りに動いていただけだけど、そういうことを決めなくちゃいけないのは大変そう。
移動の時は全員で協力して天幕を片付けたりとくたくたになるまで働いて移動中は疲れて殆ど眠ってた。
大変だって聞いてたけど、予想以上に疲れたし、天幕を組み立てるのもあたしには難し過ぎた。
なんでみんなあんな簡単に出来るのよ。
リズは慣れだって言うけど、あたしには慣れそうにはないよ。
今のところもあまり客足がよくないからと、そろそろまた移動するらしい。
◇◇◇◇◇◇
「お姉ちゃん」
「ユリア! もう動き回って平気なの?」
団員の洗濯物を干し終わり、一息ついているとユリアが現れたので、慌てて駆け寄って支える。
「うん。ずっと天幕の中に居ると息が詰まっちゃって、嫌なことまで思い出しそうになっちゃって……それで、気分転換に外に出て来ちゃった」
ユリアの体にはまだあちこち包帯が巻かれていて痛々しい。そんな体で外に出て大丈夫かと心配するが、ユリアは困ったように笑うのでそれ以上言えなかった。
あたしも気になってたことだから、ユリアが気分転換出来るのなら強くは言えない。
でも、歩くのも精一杯のユリアは今杖をついて歩いてる。前に街に行った時にユリアに必要かもと思って買った。
それは正解だったみたいでトイレに行く時とかに使っている。
でも、危ないから出歩く時は近くにいる人に声を掛けるとかして欲しい。
ユリアから過保護なのかもしれないけど、見ている方は危なくないかとつい手を貸してしまいたくなるのよ。
それに、一人で行動したいと言われるよりも、
「お姉ちゃんあたしも何かしたい」
「えっと、キュリアさんに聞いてみないとだけど、もうちょっと休んでてもいいのよ」
「ううん。やりたいの。お願い」
あたしとしてはユリアには休んでいて欲しい。だけど、じっとしていると嫌なこと思い出してしまうのならば少しでも気が紛れた方がいい。
そう思ってキュリアさんのところに行って聞いてくると繕い物ならどうか? と聞かれた。
「ユリアちゃん手は怪我してないでしょ。それぐらいなら出来るはずだし、かなり繕い物溜まっちゃって、やってくれる人居ると助かる」とのことでユリアのところに繕い物と裁縫道具を持って行くと喜んでくれたのでよかった。
公演の間はあたしは裏方をして暇な時はユリアが繕い物をしてと毎日を過ごしながらも移動していると段々と南の方へ向かっていることに気付いた。
「ねえ、リズ。次、行くのって」
「ん? ラッセンラッパンって街だよ。知ってる?」
「知らないけど、南の方に向かってない?」
あたしこの国で生まれたけど、国内のことあんまり詳しくない。
ミーヌさんたちとの勉強で色々覚えたけど、地理は侍女の仕事に関係ないからって覚えなかったし、ミーヌさんたちからも追々覚えてけばいいと言われてたから。
自分が住んでいたところの街の名前と王都ぐらいしかちゃんと覚えてないから多分リズたちの方が詳しいだろう。
あたしも復讐したいのなら、もう少し自分が生まれた国について調べて
こういう旅芸人みたいな人たちは、国内を順々に回ってから次の国に行くはずなんだけど、だからあたしは国内の北側に向かっているんだとおもっていた。
「ああ、そういうこと。団長は寒いの嫌いだから冬はあったかい国に居たいんだって」
「ふうん」
確かに寒いよりはあたたかい方が嬉しいけど、それでいいのかと不思議に思っているとリズがこっそり教えてくれた。
「うち、昔この国の北の方でかなり大きめな喧嘩したことあってさ、それ以降行くつもりがないって。うちがこの国で回るのは王都と、行っても南側ぐらいだよ。それが終わったら出ていくよ」
「そうなんだ」
「本当はこの国にすら来たくないって言ってたんだけど、悪いのは揉めたところの奴らで他のところの人たちは悪くないからって、シフィーさんが止めたんだよ」
「シフィーさん?」
誰だっけ? ここでの暮らしもだいぶ慣れて来たけど団員全員の名前までは覚えてない。
「あれ、知らない? ラナが団長と挨拶した時に団長の天幕に一緒に居た人だよ。うちの花形」
そういえば居たような。あの時は緊張していてあまり覚えてない。
公演まで見たのにとリズに呆れられてしまったけど、あの時はどれもこれも凄くて綺麗な人もいっぱいいたからと言えば、リズの機嫌はよくなったみたいで得意げな顔をしていた。
ここでは洗濯以外にも料理に掃除だとか雑用を頼まれることも多い。
つかの間の幸せは忙しいけど、城から離れた分どこか気が抜ける。