お姉ちゃんは小さい時から凄かった。
お姉ちゃんは自分には何の力もないと泣いていたけど、お姉ちゃんにあたしは何度も救われた。でも、お姉ちゃんはそのことに気付いてない。
それにこんな力があってもロクな目に合わないんだったらない方がいいのに。あたしからしたらお姉ちゃんはいつもキラキラと輝いていてあたしの憧れだった。
お姉ちゃんさえ居ればいいと思っていたのに馬鹿なあたしはどうしてあんな人について行ったんだろうか──
どうしてあんな言葉なんかに惑わされたんだろう。ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは今もあたしのことを思って居てくれている?
もしも、もしもあたしのことを考えていてくれているんだったら──
◇◇◇◇◇◇
「……もういいんじゃないでしょうかね」
「やった!」
ミーヌさんに勉強を教えてもらうようになって3ヶ月が経った。まだまだ分かんないとこは多いものの、なんとか合格を貰えた。
「これであたし下働きになれる?!」
「いいや、ラナには違う仕事をしてもらう」
「ラフォン様?!」
ドアがカチャリと音を立てて開いたと思ったらゼランを連れたラフォン様がやってきた。
「違う仕事って何ですか?」
そういえば下働きよりいい待遇になるんだっけ? すっかり忘れていた。
ラフォン様は偉い人だから話し方には気をつけなさいとミーヌさんに散々言われて敬語を使うようになったけど、まだ慣れなくて違和感を感じる。
それにあたしの敬語変じゃないよね? ミーヌさんに散々叩き込まれた
でも、それよりもラフォン様に会えた。お礼を言いたいけどミーヌさんやゼランとの会話を遮っていいものか?
「──という訳だがラナいいか?」
「へ、あい?」
あ、聞いてなかった。
「……」
「……」
「……」
どうしよう三人共黙っちゃった。
「これはこれは教え甲斐のありそうなお嬢さんだこと」
初めて聞く女性の高い声に他にも人がいたことにびっくりした。
「えっと?」
「初めましてラナ。私はセリーヌ。あなたの新しい教育係をさせてもらうことになったの。よろしくね」
「え? ミーヌさんは?」
「それを話していたところだったんだが、聞いてなかったのか?」
「ご、ごめんなさい……」
「いいじゃありませんか。ラナはまだ若いんですものこれから覚えていけば」
ころころと笑うセリーヌさんと名乗った女性はあたしの味方をしてくれるみたいだけど、この人はいい人なんだろうか?
「しかし……」
「ラナはラフォン様付きの侍女になるの」
「え?」
「あなたはラフォン様付きの侍女としてこれからさらに」
あたしがラフォン様の?
セリーヌさんが言ったことが信じられなくて聞き返すとセリーヌさんは頷いて教えてくれた。
「そっちの方が色んな場所に入れるそうだからですよ」
ミーヌさんがこっそりと教えてくれた。
ラフォン様を見上げるとラフォン様が頷いてくるたので嬉しくて思わず抱きつこうとしたが我慢する。
これからはラフォン様に迷惑掛けちゃダメ。もっと大人しくしなくちゃ。
「ラフォン様ありがとうございます」
「これからは頼むぞラナ」
「はい!」
「ふふ。とりあえずラナは一人前の淑女を目指してもらいますからね」
「お、お手柔らかにお願いします」
セリーヌさんの厳しい指導の元あたしはラフォン様付きの侍女になった。
セリーヌさんは最初の優しそうな雰囲気とは違ってかなり厳しかった。
お茶の種類なんて分からないのに何度も淹れさせられたり、姿勢とかマナーもあれこれと指摘されてミーヌさん以上の厳しい指導を受けている内に気が付けばラフォン様と最初に会ってから季節が変わっていた。
初めて会ったのが夏だった。季節は秋の中頃で外はすっかり秋模様。
朝晩は冷える日も増えて毛布を追加されたし、服も変わった。身長も少しだけ伸びたし、ボサボサだった髪はラフォン様付きになるからとセリーヌさんに手入れの仕方を教えてもらってあの頃と別人のようにまでなった。
だけど、ユリアが居なくなってからは心はずっと冬のように寒い。
そのことを忘れるように勉強に打ち込む。
ミーヌさんの時も一日中勉強していたのにセリーヌさんに変わってからは寝る時以外はずっとああだこうだと言われて逃げ出したくなった。
だけど、でも、ユリアに会うためにと我慢してようやっと合格点をもらえた時には嬉しくて飛びはねてしまったからまだ勉強が足りないのでは? と言われて焦って謝りまくったらなんとかなった。
もうこりごりですよあたしは。
「けど、仕事中はさっきみたいなことにならないように気をつけてね」
「はい!」
今からラフォン様のところに行って報告してくるそうだ。あたしも行きたいと言ったけど、ずっと勉強ばっかりしていたから疲れているはずだと言われると確かにとセリーヌさんを見送って与えられた部屋で1人でぼんやりしている。
部屋の外には美しい庭園。
ラフォン様の屋敷の一角。
勉強は使用人の部屋に近い位置でしているのにこんな場所まで手入れがしてあるだなんてあたしみたいなのと育った環境の違いに嫌な気持ちがこみ上げてきそうになって慌ててその考えを吹き飛ばす。
「ラフォン様たちはユリアを探すのを手伝ってくる恩人なんだから余計なこと考えちゃダメ! そうよ、もう少ししたらきっとユリアに会える。そしたら──」
あたしはここを出る。
あたしはユリアと一緒に居なくちゃいけないから。だからここでのことは忘れなくちゃ。
ここの人たちの優しさに触れる度に沸き上がってくる気持ちに気付かないふりをしてあたしは今日もまた自分に言い聞かせた。
「あたしはここを出て行ってユリアと一緒に暮らすんだから。だからここの人たちの優しさにいつまでも甘えていちゃダメなんだから」