「ミーヌ、ラナの勉強は進んでいるか?」
「……勉強は得意ではありませんが、妹に会うために頑張っていますよ」
ここは城に与えられたラフォンの執務室。ラフォンは王族ではあるが王位継承権は四位なためそれなりの地位を与えられている。
別に自宅で話をしてもよかったのだが、大した話でもないとミーヌをここに呼び出した。
従姉妹殿は見えているだろうが話までは分からないだろうし。文字にして何も残さなければ気まぐれで子供を拾ったと言い張ればいいだけだ。
ミーヌはラナから聞いた話をするとラフォンはなるほどと頷いた。
自分の従兄弟の王子アルフレッドは昔から傲慢で身分至上主義だ。
そんな奴がラナの双子の妹と結婚すると言われた時に笑うのを我慢したが、相手が祝福の子ならばあり得る。昔から王族には祝福の子がたまにしか生まれないのが不満だと言っていたからな。
だから、どこかで祝福持ちを取り込むつもりだろうと思っていたが、まさかアルフレッド自らが取り込もうとは予想していなかった。
「そうか。ゼランから面白い話を聞いたよ。従兄弟殿は数ヶ月前に極秘で出かけていたらしい」
「ではその時に?」
「そこまでは掴めなかったらしいが、市勢に生まれた祝福の子の捜査もしていたそうだよ。ラナから聞いた話だとユリアだったか? その妹はかなり祝福されていたみたいだね」
遥か昔この地上に神々がいた頃神たちが自分たちに似た姿形をしたものたちを造った。その時に神々は気に入った人間に色々な加護というか能力を与えた。それが祝福だと言われている。
だが、その力を使い悪に手を染める者もいるが、その者たちから加護がなくなったとは聞かないので本当に加護なのか疑いたくなる。
祝福とは元々人類が持っている力で祝福を持たない者たちはそれを上手く使いこなせないだけなのでは? と疑っているが、そんなことを言えば信仰深い者たちから糾弾されるので誰にも言えないし、それを証明するための協力者も居ないが、ラナとユリアが揃えば何か分かるかもしれない。
もう少しラナから情報を得たいところだがミーヌは少々どころかかなりあの少女に肩入れしている気がする。あの者の教育係は別の者に任せた方がいいかもしれない。
ゼランはあいつは勉強の方はからっきしだったな。
ラナは女の子だから女性の方がいいか。
「ああ、そういえば前に従兄弟殿が出かけた時にかなり大きな物を持ち帰ったらしい」
「大きな物ですか?」
「ああ、それがユリアなのかは知らないが何かあるに違いない。調べてくれるか?」
「御意」
ミーヌが部屋を出ていくのを見届けてからこれからのことを考える。
従兄弟殿が本当に平民の小娘と結婚などするはずがない。従兄弟殿にはれっきとした婚約者がいるし、それは自分の家とは別の公爵家の者だ。自分とも面識がある。
ラナの妹はよくて側妃ぐらいだろう。もし、どこかの貴族の養子になっていたらすぐに分かるが、ここ一年で貴族の養子になった平民は居ない。
それをラナに伝えてはいない。
自分もミーヌのことを言えないのかもなと自嘲するとすぐにゼランを呼び出す。
「従兄弟殿のところにご機嫌伺いに行こうか」
「かしこまりました」
ゼランには仕事の合間にあちこちに行ってもらっている。大変だと思うがこれからも仕事を任せたいので彼には頑張ってもらうしかない。給料を上げてやるのも悪くないかと考えている内に従兄弟殿の執務室へと着いた。
本当は従兄弟殿の自室へと行けたらよかったんだが仕方ない。
ミーヌに先に連絡を入れておくようにと伝えたので従兄弟殿の執務室の扉はすんなりと開いた。連絡を入れておかないと従兄弟殿はすぐに機嫌が悪くなるのでその場で帰れと言われたりすることもしばしばあるのでこんなにすんなりと開くと明日は雨が降るのではないか?
「久しぶりだな従兄弟殿」
「……そうだな」
私と会うのが気に食わないと表情を取り繕う様子もなくふてくされた顔のまま出迎えた黒髪に濃い紫の冷たい印象の男がこの国の王太子アルフレッド・フォン・カーリット・シェスタ・マーベレスト殿。
座れと言われなかったがソファーに座ると舌打ち。この国の王太子はいつからこんなに素行が悪くなったのか。
座るとすぐにお茶が出て来た。王太子のマナーが悪くても使用人の質までは悪くはないようだ。
「それで従兄弟殿は今日は一体何の用だ?」
「ああ、最近君のことを見かけなかったからね。忘れられないようにご機嫌伺いに来たんだよ」
私が嫌みったらしく従兄弟殿と呼んでいるせいか従兄弟殿も私のことをいつしか従兄弟殿と呼ぶようになって来た。彼が私のことを従兄弟殿と言うようになったのはいつの頃だったか?
そんなことを考えていたら従兄弟殿は私の前に座り直した。
「そうかい。従兄弟殿はいつも屋敷に籠ってばかりだからじゃないのか? たまには運動した方がいい。今度の狩猟大会には是非参加して欲しいところだよ」
私の母は今の王の姉。女だから王位継承権こそなかったものの女傑で男であればという声は今だに消えていない。
母が生んだ私に母の面影を求めて私に王位をと望む愚かな貴族たちは後を絶たない。それを分かっている従兄弟殿は私に会うと不機嫌になってしまう。
いい加減そろそろ大人になるのだから表情ぐらいは取り繕うことぐらい覚えなければ足元を掬われてしまうよ。これで私と一つしか違わないだなんて信じられない。
しばらくたわいもない雑談をしていたがあんまり長居をすると従兄弟殿の機嫌が悪くなってしまうからね。
「従兄弟殿は沢山出掛けているみたいだね。最近ではどこに行ったんだい?」
「ニーシェイムにフブラストーンなんかまで足を運ぶこともある」
「二つ共いい場所だよね」
ラナが住んでいたのはロンシャウ。ニーシェイムもフブラストーンも遠いな。従兄弟殿がそう簡単にボロを出すとは思えないがカマを掛けてみるか。
「グラスニールには行ったことは?」
「グラスニール? あそこはかなり田舎だからのんびりするにはいい場所だよ」
「そうなのかい? 従兄弟殿は流石だね。ミリシャ姫が居るのにあちこちに行くなんて」
「……そうだな。これでも一国の王太子だから国内の視察もした方がいいと思ってな」
わざわざ王太子という言葉を強調するとはどれだけ私のことを意識しているのか。
その後はのらりくらりと世間話しかしなくなったために適当なところで切り上げて帰って来た。
「ゼラン」
「はっ」
声を掛ければゼランからすぐに返事が返ってきた。
ゼランみたいに素直な人間の方が相手にするならいい。従兄弟殿や貴族たちと話すと腹の探り合いみたいになって疲れるからね。
「君はどう思った?」
「どうとは?」
「従兄弟殿のことだよ」
「……」
「大丈夫。ここは従兄弟殿の手先は居ない」
私の屋敷に王族の手の者を潜りこまされることは何度かあったが、その度にすぐ対処してある。だから私の屋敷にはそんな奴らは一人も居ない。
「それならば、ラフォン様に対してあの態度相手が王族でなければ」
「そういうことじゃないよ」
今にも剣を抜き出しそうなゼランを止めてユリアのことだと言えば一度まばたきしてゼランもようやく分かったようだ。
「ラフォン様と地方へ行く話をした後から頑なに地方の話をしようとしなくなりましたね」
「君は怪しいと思うかい?」
「少しだけ」
「そうだね。君の負担が大きい気もするけど任せていいか?」
「ラフォン様がお望みとあらば」
ゼランが頭を下げるのを見ながらこれから忙しくなりそうだと感じた。