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第3話


「さっさと帰りな」


 散々女将さんに怒られたけど、下働きになるんだと期待に胸を膨らませて下働きの面接に来た。


 だけど、そこであたしは現実を突き付けられた。


 あたしみたいにつぎはぎだらけの服を着た人は一人も居なかったし、あたしのことを見て笑う失礼な奴もいた。


 この時点であたしみたいな奴は場違いだったと気付けばよかったのに能天気なあたしは楽観視していた。


 受かるだろうと思って行ったのにそんな格好の人は雇えないと試験を受ける前に追い返されてしまったのだ。その姿にくすくす笑う貴族様と分かる華美な服を着た女。あいつのことは絶対に忘れない。


 いつか必ずあのお貴族様のこと嘲笑ってやれるぐらい偉くなってやる! 自分だって下働きの試験受けに来てたくせに!


 むしゃくしゃしたけど、あたしじゃお城に忍び込む以前の問題だった。


 試験を受けれないんじゃ意味はない。


 仕事は辞めた。部屋も引き払ってしまった。


 ロンシャウにはもう戻れないのにここで引き下がれる訳がない。


 どうしても諦められなくて試験会場の近くで待機して試験官の人を待った。


 どれくらい経ったのか分からないけれど、夕方の日が赤く染まるころに試験官らしき身なりのいい人が出てきた。


「お願いします! ここで働かせてください!!」


 何も考えずにその人にしがみついたら他にも人がいたみたいで引き剥がされそうになったが負けるもんか。


「な、なんだこのガキ!」

「ラフォン様になんてことを! 離れるんだ!」

「嫌だ。ここで働けるまで離れない!!」

「待て二人共」

「しかし……」


 あたしがしがみついたのはラフォン様と言うらしい。


「お願いします! あたし今まで食堂の下働きをしていたのでなんでも出来ます! だからあたしを雇ってください!! お願いします!」

「娘」

「! あ、あたしはラナっていいます」

「そう、ラナ。ちょっと落ち着いてくれるかな? 苦しくて」

「あ、ごめんなさい」


 ぎゅうぎゅうとしがみついていたからラフォン様は苦しかったらしい。


 ラフォン様から引き剥がそうとしていた人に追い払われるかなとちょっと怖かったけれど、恐る恐るラフォン様から離れても追い払われなかったのでホッとする。


「あたしラナって言います。お願いしますここで働かせてください!」


 ラフォン様から離れるとラフォン様と一緒にいた二人の男性はあたしに向かって敵意剥き出しで今にも腰の剣を抜きそうなのを見てあれで斬られなくてよかったとふるりと震えた。


「ラナだっけ? どうしてここで働きたいのかな。教えてくれるかい?」


 ラフォン様は金髪の髪に春の空のような薄い青に女性かと見違うぐらい綺麗で優しげな顔をしていた。年齢はあたしより上で成人してるかしてないかぐらい?


 しがみついた時に固い胸板と女性にしては低い声をしているから男性だと分かっていたのにあたしが離れる時の優しい手つきに何故かユリアを優しく撫でる母さんの顔を思い出した。


「それは妹が!」


 こんなこと会ったばかりの人に言うことではないのだろうけど、この時のあたしにはこの人にすがるしかないって口を開いた。


「双子の妹が王子様と結婚するって出て行ったのにもう半年以上経つのに戻って来なくて! 街じゃ王子様が結婚するって噂なんか出てこないし、妹が犯罪に巻き込まてるんじゃないかっていてもたってもいられなくて、でも、あたしにはどこに行けばいいのか分からなくて、もう、ここで働いて妹がここに居るのか居ないのか調べたいんです!!」

「……なるほど。それは大変だったね。ゼラン」

「はっ!」


 ラフォン様が後ろの人に声を掛けると一人の男性が勢いよく返事をした。


 その人はあたしにガキって言って今にも切り殺しそうな顔をしていた人だ。


「この子の妹さんを探してあげて」

「ラフォン様!!」

「いいんですか?!」


 自分でも何を言っていたのか分からないぐらいわーわーと今まで誰にも言えなかった思いをラフォン様に向かってぶちまけたのにラフォン様はそれを聞いて大変だったねとまで言ってくれて頭まで撫でてくれた。


 それだけであたしは今まで我慢していたものが吹き出すような気になって今まで意識してなかったけれど辛かったんだって寂しかったんだって気付いたら泣いていた。


「何を考えているんですか!」


 もう一人の人もラフォン様に向かって怒ったように言うので不安になってきた。


 どうしよう探してくれないの? 


「そういうのは警備兵にでも任せてしまえばよろしいではないですか!」


 警備兵。


 あ、そうか。そっちもあったか。そうか。普通家族が居なくなったらそっちに行くか。


 ロンシャウにもそういう存在は居た。普段は縁のない存在だったからすっかり忘れていた。


 そこで探してもらってもよかったのに仕事も辞めて住む家まで引き払って何してんだろ。


「すみません。気付きませんでした」


 恥ずかしい。帰ろう。


 あ、仕事も辞めちゃったんだ。これからどうしよう。


「それぐらいなら別にいいじゃないか。それにこの子の言う王子様とやらが私の知っている王子様なのならばあのムカつく従兄弟殿に一泡吹かせるのもまた一興だろう。この者に衣食住の用意と下働きに潜り込めるように手配してやれ」

「しかし、……かしこまりました」

 ラフォン様と一緒にいた人は嫌そうな顔をしていたのに、結局は探してくれると言ってくれて嬉しくなった。

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