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第35話

私からの連絡を受け、兄はすぐに迎えに来てくれた。

兄の部屋でもソファーに座り、クッションを抱いて丸くなる。


「だいたい事情は聞いたけど。

それってナナがアイツが好きってことじゃないのか」


「……は?」


兄がいったい、なにを言いたいのかわからない。

私が龍志を好き?

それこそ、ありえない。


「だってナナは、アイツが他の女とベタベタしていたのが嫌だったんだろ」


「それはそうだけど。

でもそれは、私のものだって思ってた龍志が、取られそうだったからで」


都合のいい召し使いがいなくなるのが困るからだけれど?

それがなんで、好きだからになるの?


「ナナがアイツを自分のものだって思ってたのは、アイツの身も心も独占したいからだろ。

それって好きってことだ」


兄のいうことはわかるようでわからない。

私が困惑しているのに気づいたのか、兄は困ったように笑った。


「なーんで恋愛ごとにこんなに鈍い子に育ったかな。

俺が過保護に甘やかせすぎたせいか」


「……鈍くないもん」


私が不満で唇を尖らせ、兄はおかしそうだ。


「まあ、気が済むまでここにいたらいいさ。

でも、仕事はどうするんだ?

同じ職場だろ」


「うっ」


それはまったく考えていなかった。

今日明日はいいが、明後日の月曜日には会社で顔をあわせなければならない。


「……ずる休み、する」


私の答えを聞き、兄は呆れるように大きなため息をついた。


「ずっとはできないだろ。

それともこのまま、仕事辞めるのか?」


「うっ」


兄の指摘はいちいちもっともすぎて、返す言葉がない。


「とりあえずこの週末でゆっくり自分の気持ちを整理しろ。

それで、アイツにちゃんと自分の気持ちを伝えろ。

じゃないとアイツが可哀想だ」


それはあんなに、龍志を敵視していた兄とは思えない言葉だったけれど。


「まあ、どんな理由にしろ、こんなにナナを悩ませるアイツを俺は、許さないけどな」


低い声で笑う兄はやはり、いつもどおりシスコンだった。


私がリラックスして考えられるようにと兄は温かい飲み物を淹れてくれ、ヒーリング音楽をかけてくれた。


「寝室にいるからなんかあったら声をかけてくれ」


「ありがとう、お兄ちゃん」


さらに私をひとりにしてくれる。

本当に感謝しかない。


「私が龍志を好き……?」


クッションを抱いてソファーにごろんと横になる。

頼りがいのある上司の彼に確かに好意は抱いていた。

けれどそれは恋愛感情ではなく憧れとか人としての魅力に惹かれていただけのはずだ。

……でも、プライベートを知って、手の届かない存在だった彼が身近になった。

ストーカーから助けてくれた彼にときめいた。

けれどあれは、危機的状況からの吊り橋効果だったはず、で。

毎日、食べさせてくれるごはんは美味しくて、ずっとこうやってふたりで食べていたいと思った。

いや、あれはただ単に私が食いしん坊だからだ。

素の顔で笑う龍志がいいなと思っていた。

俺様のくせになんだかんだ言いながら私を気遣ってくれるのが嬉しかった。

否定してもいくつも、龍志してもらって嬉しかったことばかりが出てくる。

……ああ。

いつの間にか私の中は、こんなにも龍志でいっぱいになっていた。


「……龍志が、好き」


呟いてみたら、恥ずかしくてくすぐったいような、それでいて幸せで嬉しいような気持ちになった。


龍志が好きだから、他の女性と親しげな彼を見て嫌な気持ちになった。

龍志が好きだから嫌われるのが怖かった。

龍志が好きだからこんなにも今、苦しい。


一度、理解してしまうと、あんなにわけがわからなかった自分の気持ちがすとんすとんと落ちていく。

兄の言うとおり、ただ単に恋愛に鈍い私がそれに気づかず、まったく違う迷路に入り込んでいただけの話なのだ。


「どうしよう……」


いまさらながらそんな私のせいで龍志を困惑させ、迷惑をかけてしまったと気づいた。

もしかしたら本当に彼は、こんな私を嫌いになったかもしれない。

謝ったらまだ、許してもらえるだろうか。

けれどあんな拒絶をしてしまい、顔をあわせづらい。


「ナナー、晩メシ、どうする?

出かける気があるならどっか食べに行くし、嫌ならなんか取るし」


ひとり狼狽えているところに兄が、顔を出した。


「どうしよう、お兄ちゃん」


「ん?」


「私、取り返しのつかないこと、しちゃったかも」


自分の恋愛偏差値の低さが恨めしい。

せめて、普通の人くらいあればこんなことにはならなかったのに。

それもこれも今まで兄に甘やかされるのに浸り、恋愛なんてまったく考えなかった自分のせいだ。


「まあ落ち着け」


隣に座った兄が、優しく私に微笑みかける。


「アイツも今、たぶん感情的になってるから、この週末は冷却期間をおけ。

じゃないときっと、同じことの二の舞だ。

それで月曜、どうせ会社で顔をあわせるんだし、ゆっくり自分の気持ちを伝えろ」


「わかった」


兄の言うことには一理ある。

私だって自分の気持ちは理解したが今、龍志の顔を見たらまた感情的になってしまいそうだ。


「あ、ちゃんと自分の気持ちを整理したいから今は会わない、月曜に改めてちゃんと話すとアイツにメッセージ送っとけよ。

じゃないとアイツも、ずっと落ち着かないだろうからな」


「うん」


やっぱり兄は頼りになる。

けれど女も男も気配すらない兄に、恋愛を語られるのは少しムカつくが。


COCOKAさんからもなにかやったんじゃないかと謝罪するメッセージが届いていた。

悪いのは私なのに申し訳ない。

私こそ、態度が悪くてすまなかったと謝罪のメッセージを返す。

すぐにもしかして体調が悪かったんじゃないか、だとしたら食事など誘って申し訳なかったと返事が来た。

こんなに彼女に気を遣わせて面目丸潰れだった。

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