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第32話

その後もCOCOKAさんは必死に盛り上げようとしてくれたが、なんとなく気まずいまま一時間ほどで食事は終了した。


「また、誘ってもいいですか」


店の前でCOCOKAさんが聞いてくる。

会計は龍志がし、しっかり領収証をもらっていたので、やはり今日のこれは接待なのだろう。

なのにあんな態度を取ってしまって申し訳ないという気持ちはあるが、それでも私は冷静でいられなかった。


「あー。

……そう、ですね」


曖昧に答え、龍志が笑みを浮かべる。

どうしてきっぱりと迷惑だからと断らないんだろう。

今日はずっとCOCOKAさんを気遣っていたし、そういう意味なんだろうか。


「よかった。

今日は楽しかったです。

じゃあ」


会釈して彼女がちょうど到着したタクシーに乗る。

あれで楽しかったと言える彼女のほうが、今日の私よりも立派な社会人だ。

それにしても龍志は彼女を送っていかなくていいんだろうか。


「ほら、帰るぞ」


私の腕を掴んで彼は待機していたタクシーに私を押し込んだ。


「なあ。

なんでそんなに、機嫌が悪いんだ。

仕事だろ、仕事」


タクシーが走りだした途端、彼が聞いてくる。

私があんな態度ならば、上司として説教してくるのは当然だ。


「……すみません、でした」


「謝りゃ済むと思ってるだろ。

ちゃんと理由を言え、理由を」


図星を指され、なにも言えなくなる。

黙っていたら呆れるように彼はため息をついた。


「映画の予定を勝手に変えて悪かった。

でも、仕事だろ」


そんなのわかっているし、それ自体は別に怒っていない。

ただ、相手がCOCOKAさんで龍志のあの態度が嫌だったのだ。


「……仕事なのくらい、わかってます」


「だったらあの態度はなんだ?

七星らしくない」


上司として当たり前の言葉だとわかっている。

けれどそれが、妙に私の神経に障った。


「私らしいって、宇佐神課長は私がどんな人間だと思ってるんですか」


まさかそんな問いが返ってくるとは想定していなかったのか、龍志は少し面食らっているように見えた。


「どんなって……。

仕事にはプライベートは持ち込まない、完璧にこなしてみせる人間だと思っているが」


「……ですよね」


彼の評価に失望している自分がいる。

大多数の人が抱いている、私に対する評価と同じだ。

龍志はそんなうわべじゃなく、本当の私を理解してくれていると思っていた。

だいたい、なんでそんな期待なんてしていたんだろう。

彼だってただの他人に過ぎないのに。


「もう、いいです」


完全にふて腐れ、流れていく窓の外へと顔を向ける。

しかし。


「待てよ」


龍志の手が強引に、自分のほうへと顔を向けさせた。


「今のは上司としての評価だろ」


レンズの向こうから彼が真剣な目で私を見つめる。

だったら、なんだというのだろう。

それがすべてではないのか。


「俺は七星が、会社では涼しい顔して仕事をしているくせに実は打たれ弱くて、すぐ感情が顔に出てくるくる表情が変わるって知ってる」


私の顎を掴んだまま、龍志は視線を逸らさない。


「人に頼るのが苦手なのも知ってるし、そんな七星を支えてやりたいと思ってる」


その〝支えてやりたい〟は上司として?

それとも個人として?

私には判断がつかない。


「でも、あんな人に嫌みを言うような人間じゃないと思っていたから、戸惑っている」


それで私を嫌いになったとでも言いたいんだろうか。

だったら、私はどうしたらいい?

上司としても個人としても彼に失望されれば、私に価値なんてない。

いや、どうして彼に失望されるのをこんなに恐れているのだろう。

あんな態度を取れば上司として失望されるのは当たり前だし、人としても最低だと自分でも思う。

そもそも彼に、私のなにを理解してほしいと願っているのだろう。

自分でも支離滅裂な私自身の気持ちがわからない。


「……なあ」


言葉を切った龍志の手の親指が、躊躇うように私の頬を撫でる。


「もしかしてヤキモチ……妬いているのか」


それを聞いてカッと頬が熱くなった。


「妬いてないです!

自惚れるのもいい加減にしてください!」


無理矢理、彼の手を自分の手で払いのける。

私がヤキモチなんてなにをどうしたらそんな勘違いができるんだろう、理解に苦しむ。

私がCOCOKAさんにヤキモチなんてあるはず……。


そこまで考えて、ひとつの考えにようやくたどり着いた。

いや、そんなはずはないと何通りも考えてみるが、どうやってもそこへ行き着く。

私はCOCOKAさんにヤキモチを妬いていた?

でも、なんで?

そんなの、彼女が龍志と親しげにしていたからに決まっている。

しかし、彼女が龍志と親しげだったところで、彼を取られるとか危機感を覚えるわけがわからない。

だって龍志は私のものではないのだし……ううん。

心のどこかで私は、龍志は私のものだと思っていた。

でもそんなの、それこそ驕りでしかない。

それによく周りが勝手に私に対して抱いている、男を手玉に取っていそうなイメージどおりだ。

世話を焼いてくれる彼をそんなふうに思うなんて、私はそんなに性格が悪かったのか。

以前のCOCOKAさんのことなんて言えない、私のほうが彼女よりも何倍も最低だ。


「大丈夫か?

もしかして吐きそうとか?

止めてもらうか?」


長く私が黙っているからか、龍志が心配そうに聞いてきた。

運転手さんもちらっとこちらをうかがう。


「……いえ。

違うので、大丈夫です」


それよりも私はとんでもない悪女だったほうが大問題だ。


……え、私って私をちやほやしてくれる男性を自分のものなんて思う、高飛車な最悪女だったの?


気づいてしまった自分の真の姿へのショックが大きすぎて、よろよろとドアに肘をつき、額に手を当てた。

こんなの、確実に龍志から嫌われる。

仕事の評価が低すぎて嫌われるならまだしも、人間性が最悪で嫌われるなんてダメージが酷すぎて立ち直れなくなる。

それに仕事にだってきっと影響が、出る。

だったらそれこそ、猫をかぶって隠し続けなければ。


「本当に大丈夫か」


自分の性格の悪さに気づいてしまい、打ちひしがれているせいでさらに龍志が心配してくる。


「はい。

本当に大丈夫なので、ご心配は不要です」


「なら、いいが……」


と言いつつ、龍志の表情は晴れない。


そうこうしているうちにタクシーはマンションに到着した。


「今日は本当に申し訳ありませんでした。

今後、気をつけます」


「なあ。

本当にどうかしたのか?」


部屋の前で頭を下げる私に彼が怪訝そうに聞いてくる。


「いえ、どうもしません。

今日の私はどうかしていたなと自分でも思っただけです」


「いや、だからさっきから、絶対おかしいだろ?

なんか変なもんでも食べたか?

って今日は、同じものしか食べてないよな?」


「だから。

なんでもありません。

では、失礼します。

おやすみなさい」


まだなにか言いたげな龍志を残し、さっさと自分の部屋へと引っ込む。


「おい、七星。

七星」


外から彼の呼ぶ声がしたが、無視を決め込んだ。

夜も遅くにあまり騒ぐのはよくないと思ったのか、すぐに静かになった。


「……はぁーっ」


ため息をついてその場に座り込む。

知ってしまった本当の自分の姿。

もしかして今まで、こんな私に気づいて離れていった人もいたのだろうか。

そう思うと急に怖くなった。

とりあえず完璧に猫をかぶり誰にも、特に龍志には知られないように隠してしまわねば。

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