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第24話

龍志が朝食を作っているあいだに自分の部屋に帰ってシャワーを浴びる。


「……いつ着替えたんだろ?」


なぜか私は龍志のパジャマを着ていた。

が、着替えた記憶がない。

龍志が着替えさせたとか?

……まさか、ね。


髪を乾かして部屋着であるいつものジャージを着て彼の部屋に戻ったら、いい匂いがしていた。


「できたぞー」


てきぱきと彼がテーブルの上にお皿を並べていく。

しかし今日はいつものおにぎりと味噌汁ではなく、お粥のようだった。


「なんちゃって中華粥。

胃腸が弱ってるだろうから」


こんな気遣いができるなんてできる彼氏か!

と思ったが、そうなんだった。


「ありがとうございます」


添えられているレンゲを取って、ひとくち。

干しエビの出汁が利いていて、さらにショウガも入っているのか、食欲をそそる。


「美味しいです!」


「そりゃよかった」


私に付き合ったのか、今日の朝ごはんは龍志も中華粥だった。


「昼は弁当作ってあるからそれ食べろ。

味噌汁も作っておいたから、温めろな」


「えっ、そんな!

ありがとうございます!」


まさか、お昼ごはんの用意までしてくれているなんて思わなかった。

至れり尽くせりで困っちゃう。


「あと、今日は俺の部屋で過ごせ」


「えっと……」


隣に自分の部屋があるのに、主のいない部屋で過ごせとか言われても困ってしまう。

光熱費もかかるし。


「俺んちのほうがエアコンいいの、つけてるし。

快適に過ごせるだろ」


それは言われるとおりなだけになにも返せない。

おかげで最近は、自分の部屋で過ごすより龍志の部屋にいる時間のほうが長くなりつつあった。


「じゃ、じゃあ、そうします」


「うん」


私の返事を聞き、龍志は満足げに笑った。


食後のお片付けは今日はさせてもらえなかった。


「病人はおとなしくしとけ」


……だ、そうだ。


玄関まで出勤する龍志を見送る。

それに自分の部屋に一度戻って、仕事道具を取ってきたい。


「じゃあ、いってくるけど。

おとなしくしとけよ」


「はいはい」


しつこいくらい念押しされ、つい苦笑いしていた。


「晩メシは食べたいもの作ってやるから、決まったら連絡くれ。

あ、なんかあってもすぐ連絡な」


「わかりました」


「いってきます」


後ろ頭に彼の手がかかったかと思ったら引き寄せられ、額に口づけを落とされる。


「えっ、あっ、いってらっしゃい」


なんだかちょっとご機嫌に龍志は出ていった。


……唇じゃないんだ。


って、なんでがっかりしているのだ、私?

気を取り直してまた自分の部屋に帰り、パソコン等仕事道具一式を抱えて龍志の部屋に戻る。

パソコンを立ち上げるとCOCOKAさんからメールが届いていた。

とりあえず機嫌は直ったようで、ほっとした。


絶対に今日やらないといけない仕事を片付けて、あとはお布団に入って携帯で漫画を読む。

こんなときでなければ長編一気読みとかできない。


集中して読んでいたら、通知が上がってきた。


【定時連絡は?

熱はどうなんだ?】


ふと見た時間は先ほどメッセージを送ってからすでに一時間以上経っていた。

慌てて起き上がり、体温計を脇に挟む。

ヤバい、絶対、怒っている。

計測終了を伝えるアラームがなかなか鳴らなくてもしかして壊れているんじゃないのかと疑いだした頃、ようやく終えて急いでメッセージを送る。


【36.8度。

もう平熱です。

だるさとかもないし、元気いっぱいです】


一応、体温計の体温表示の画像も送った。

すぐに既読がつき、返信がある。


【お前、平熱三十五度台だろうが。

まだおとなしく寝とけ。

次の定時連絡、忘れるなよ】


どうしてあの人は私の普段の体温を知っているんだ?

ストーカー、ストーカーなのか?

怖い!

とか思ったが、どうも龍志は記憶力がいいみたいだし、たぶんどこかで話したのを覚えていたのだろう。


また連絡を忘れて怒られると嫌なので、今度は一時間おきにアラームをセットして漫画を読む。

すぐにお昼になり、キッチンへ行った。

小鍋に用意してあったお味噌汁を温め、お椀によそってお弁当とともにリビングのテーブルに運ぶ。


「うわっ、美味しそう」


お弁当の中身はしそおにぎりと大根の煮物、それに大葉を巻いたつくね、卵焼きだった。

こんな美味しそうなお弁当が作れるなんて、龍志はもうお婿にいけるんじゃ?

いやいや、私はまだ、彼が好きなわけじゃないし。


『七星はずっと俺の彼女』


不意にあの日、引っかかった台詞がよみがえってくる。

龍志は私と結婚する気はないんだろうか。

でも、〝ずっと〟彼女、って別れる前提がないみたいだ。

だったら龍志なら結婚を絡めてきそうなのに、そうじゃなかった。

なにか事情でもあるのかな……。


午後からもちょいちょい仕事を挟みつつ、漫画を読む。

恋愛漫画のヒロインって凄い。

仕事もしながら恋も両立させてるんだもん。

私だったら、無理。


……無理とか言っている場合じゃないんだよなー。


ここのところ、龍志に甘やかされてそれに甘えているけれど、これでいいはずがないのだ。

龍志は私が気に入ったから本気で落とすとか言っていたし、私も近い将来、自分の気持ちをはっきりさせなければならないだろう。

私は龍志をどう思っている?

頼れる上司で頼れるお隣さんなのは間違いないけれど。


『七星』


私の名を呼び、眼鏡の向こうで眩しそうに目を細めて嬉しそうに笑う龍志の顔を思い出したら、一気に顔が熱くなった。

いたたまれなくなって枕に顔を押しつけ、じたばたする。

たまに見せる、ジェントル宇佐神課長でも俺様宇佐神様でもない、フラットな龍志の笑顔が好きだ。

あと、作ってくれるごはん。

これだけで恋愛感情として好きといっていいのか、自信がない……。




夜になり、龍志が帰ってきた。

今日は残業がないらしく、帰りが早い。

まさか、私のために残業ブッチして無理して帰ってきた……とかはないよね?


「ただいま」


帰って来るなり彼は、私の額に口づけを落とした。


「帰ってきたら部屋で七星が待ってるなんてサイコーだなー」


なんだか鼻歌すら出そうな雰囲気で、彼は買ってきたものを冷蔵庫にしまっている。


「なあ。

いっそ、隣の部屋引き払って、こっちで一緒に暮らさないか」


「えっ、あっ、それはちょっと……」


曖昧に断りつつ、理由を探す。

けれどなにも見つからなかった。

最近はほとんど、龍志の部屋で過ごしている。

平日は自分の部屋に帰って寝るが、休日前はお泊まりだし。

しかも平日にひとりで寝るのがなんか物足りなくて、抱き枕を買ったくらいだ。

龍志と半同棲しているようなものだし、提案に乗ってもなにも問題がないのではとか思う。

――が。


「ひとりになりたいときとかありますし」


「あー、そうだな」


納得してくれたのかとほっとしたものの。


「だったら、広い部屋に引っ越すか。

2L……いや、3?

4は必要か?」


なんか部屋の数がどんどん増えていっているが、なにを想定しているのだろう?


「いっそ、建てたほうが早いかもな。

七星の部屋と俺の部屋、寝室に子供部屋は必要だし」


にかっと白い歯を見せて爽やかに彼が笑う。


「えっと……。

子供部屋?」


私が龍志を好きになると決まったわけでもないのに、もうそんなことまで考えているんだろうか。


「ふたりは欲しいよなー。

男の子と女の子」


「その。

龍志は私と、結婚する気ですか……?」


私の問いでそれまで楽しそうだった彼の顔が、スイッチが切り替わったかのように急に真顔になった。


「……できたら、いいのにな」


ぽつりと呟かれた声は酷く苦しそうで、私の胸まで痛む。

龍志は目を逸らすように冷蔵庫のほうを向いてしまったので、どんな顔をしているのかわからなかった。


「龍志……?」


「ほら!

今日は精をつけてやろうと思って、うなぎを買ってきたんだ!

しかも、鹿児島県産高級うなぎだぞ!」


まるで私に質問させないかのように彼が、いきなり明るく振る舞いだす。


「え、高かったんじゃないですか?」


私もそれに乗っかっておいた。

たぶん結婚の話は、したくない事情があるのだろう。

なら、今は聞かない。

私が龍志を好きになったとき。

そのときは避けては通れない問題になるから、話してもらおう。

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