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第23話

目が覚めたら自分の部屋……ではなく、龍志の部屋だった。


「はあ、はあ……」


身体が、熱い。

頭はぎゅうぎゅうと万力で締め付けられているように痛む。

喉が渇いて渇いて仕方ないのに、起き上がれない。


「気がついたのか?」


そのうち、龍志が私の近くに来た。


「喉、渇いてるだろ」


抱き起こしてペットボトルを渡してくれるが、それすら受け取れない。

彼はすぐにそれに気づき、蓋を開けて私の口へと当ててくれた。


「ゆっくり落ち着いて飲め」


口の中に流れ込んでくる液体が、冷たくて心地いい。

ゆっくりと注がれるそれを夢中になって飲んだ。

少しして、彼がペットボトルを離す。


「まだいるか?」


もういいと首を横に振ると龍志は、私をそっとベッドに横たえてくれた。


「汗、拭くな」


用意していたであろうタオルで彼が、私の身体を拭いてくれる。


「だいぶ汗、掻いたな。

これならすぐに熱、下がるだろ」


最後に頭の下に新しい氷枕をセットし、彼は薄手の布団を掛けてくれた。


「なんかあったら呼べ。

すぐ来る」


タオルやなんかを抱え、離れようとする彼の服を反射的に掴む。


「……ひとりにしないで」


熱があるからだろうか、ひとりになるのが心細い。

誰かに――龍志に傍にいてほしい。


「七星?」


怪訝そうに彼が、振り返って私を見る。


「傍に、いて」


しばらく私を見つめたあと、龍志は大きなため息をついてまたベッドサイドに腰を下ろした。


「これでいいか?」


そっと彼が、私の手を握ってくれる。

けれどそれでも、まだなにか足りない。


「ぎゅーって、して?」


私が頼んだ途端、なぜか龍志は眼鏡から下を手で隠し、顔を逸らした。

してくれないのかと不安で、悲しくなってくる。


「……ダメ?」


「……いい」


ぼそっと呟き、彼は眼鏡を置いてベッドに上がってきた。

そのまま布団に入り、私を抱きしめてくれる。


「これでいいか」


「うん」


すぐ傍で感じる龍志の体温に安心し、今度は穏やかな眠りへと落ちていた。




朝、目が覚めたら龍志の腕の中だった。


「へっ?」


「おはよう」


私が起きたのを確認し、彼は近くに置いてあった眼鏡をかけて起き上がった。


「えっとー……」


なんで龍志と一緒に寝てるんだっけ?

というか昨日、会社からどうやって帰ってきたか記憶がない。


「熱は下がったか?」


私の額に落ちかかる前髪を掻き上げ、彼がおでこをつけてくる。

それで一気に体温が上がった気がした。

――実際。


「んー、まだ少し、あるみたいだな」


眼鏡の下で龍志が、心配そうに眉を寄せる。


「えっ、あっ、全然大丈夫、ですよ」


……たぶん今、熱かったのは龍志が変なことしたせいだし。


もうまったく問題ないと元気に振る舞ってみせるが、龍志の心配は晴れない。


「大事取って今日は休め」


「えっ、そんな、これくらいで!」


体調の悪さはもう感じない。

それどころか一晩ぐっすり寝て、すっきりしているくらいだ。


「無理して拗らせたら大変だろうが」


「や、全然、無理とかしてないですし」


私を再びベッドに寝かしつけようとする龍志と、出勤したい私とで軽く攻防戦を繰り広げる。


「困るんだよ、俺が」


「なにが困るんですか!」


「あー……」


龍志はなかなか理由を言わず、単なるえこひいきの超過保護かと思ったものの。


「……宮越みやこしみたいになられると困る」


真っ直ぐに私を見た彼に少しもふざけた様子はなく、しかもその名前にどきっとした。

私が入社してすぐの頃、宮越さんというちょうど龍志と私のあいだの年の男性社員がいた。

熱があるのに無理して出社してきて、翌日には悪化して入院。

後遺症が酷く、そのまま休職から退職となった。

しかも高確率で伝染する感染症だったから部内パンデミックで、しばらく大変だった……。


「それは確かに、そう、ですね」


その彼を持ち出されたらなにも反論できなくなる。

そうだよね、管理職としてそんなことになったら大変だし、私も周囲に多大な迷惑をかけるのは嫌だ。

あのときは親御さんから子供にも感染し、本当に可哀想だった。


「わかりました。

お言葉に甘えて今日は無理せず休みます」


「うん」


私の決定を聞き、龍志はようやくほっとした顔をした。


「でも、家でできる仕事はしますので」


「だからー」


また一気に彼の機嫌が悪くなっていくが、譲るつもりはない。


「どうしても今日じゃないといけない仕事だけですよ。

急に休んで申し送りとかしてないじゃないですか。

今日返事をしないといけない、案件とかもありますし」


たぶん、COCOKAさんから返事が来ているはず。

きちんと対応してこれ以上、機嫌を損ねられては困るのだ。


「それだけやってしまったらあとは、おとなしく寝ています」


「……わかった」


呆れたように龍志が大きなため息をつく。


「絶対に無理をしないこと。

一時間おきに体温を測って体調とともに送ってくること。

それが守れるなら許可してやる」


一時間おきなんて面倒臭いと思ったが、きっとそこが彼の落とし所なんだろうから承知しておく。


「わかりました。

約束します」


「ん、絶対守れよ。

それで、食欲はあるのか?」


「あー、正直言うとお腹ぺこぺこです」


昨日は夜ごはんを食べていない。

お腹も空こうというものだ。


「わかった。

朝食、準備するな」


「よろしくお願いします」


感謝の気持ちでぺこんと頭を下げた。

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