目が覚めたら自分の部屋……ではなく、龍志の部屋だった。
「はあ、はあ……」
身体が、熱い。
頭はぎゅうぎゅうと万力で締め付けられているように痛む。
喉が渇いて渇いて仕方ないのに、起き上がれない。
「気がついたのか?」
そのうち、龍志が私の近くに来た。
「喉、渇いてるだろ」
抱き起こしてペットボトルを渡してくれるが、それすら受け取れない。
彼はすぐにそれに気づき、蓋を開けて私の口へと当ててくれた。
「ゆっくり落ち着いて飲め」
口の中に流れ込んでくる液体が、冷たくて心地いい。
ゆっくりと注がれるそれを夢中になって飲んだ。
少しして、彼がペットボトルを離す。
「まだいるか?」
もういいと首を横に振ると龍志は、私をそっとベッドに横たえてくれた。
「汗、拭くな」
用意していたであろうタオルで彼が、私の身体を拭いてくれる。
「だいぶ汗、掻いたな。
これならすぐに熱、下がるだろ」
最後に頭の下に新しい氷枕をセットし、彼は薄手の布団を掛けてくれた。
「なんかあったら呼べ。
すぐ来る」
タオルやなんかを抱え、離れようとする彼の服を反射的に掴む。
「……ひとりにしないで」
熱があるからだろうか、ひとりになるのが心細い。
誰かに――龍志に傍にいてほしい。
「七星?」
怪訝そうに彼が、振り返って私を見る。
「傍に、いて」
しばらく私を見つめたあと、龍志は大きなため息をついてまたベッドサイドに腰を下ろした。
「これでいいか?」
そっと彼が、私の手を握ってくれる。
けれどそれでも、まだなにか足りない。
「ぎゅーって、して?」
私が頼んだ途端、なぜか龍志は眼鏡から下を手で隠し、顔を逸らした。
してくれないのかと不安で、悲しくなってくる。
「……ダメ?」
「……いい」
ぼそっと呟き、彼は眼鏡を置いてベッドに上がってきた。
そのまま布団に入り、私を抱きしめてくれる。
「これでいいか」
「うん」
すぐ傍で感じる龍志の体温に安心し、今度は穏やかな眠りへと落ちていた。
朝、目が覚めたら龍志の腕の中だった。
「へっ?」
「おはよう」
私が起きたのを確認し、彼は近くに置いてあった眼鏡をかけて起き上がった。
「えっとー……」
なんで龍志と一緒に寝てるんだっけ?
というか昨日、会社からどうやって帰ってきたか記憶がない。
「熱は下がったか?」
私の額に落ちかかる前髪を掻き上げ、彼がおでこをつけてくる。
それで一気に体温が上がった気がした。
――実際。
「んー、まだ少し、あるみたいだな」
眼鏡の下で龍志が、心配そうに眉を寄せる。
「えっ、あっ、全然大丈夫、ですよ」
……たぶん今、熱かったのは龍志が変なことしたせいだし。
もうまったく問題ないと元気に振る舞ってみせるが、龍志の心配は晴れない。
「大事取って今日は休め」
「えっ、そんな、これくらいで!」
体調の悪さはもう感じない。
それどころか一晩ぐっすり寝て、すっきりしているくらいだ。
「無理して拗らせたら大変だろうが」
「や、全然、無理とかしてないですし」
私を再びベッドに寝かしつけようとする龍志と、出勤したい私とで軽く攻防戦を繰り広げる。
「困るんだよ、俺が」
「なにが困るんですか!」
「あー……」
龍志はなかなか理由を言わず、単なるえこひいきの超過保護かと思ったものの。
「……
真っ直ぐに私を見た彼に少しもふざけた様子はなく、しかもその名前にどきっとした。
私が入社してすぐの頃、宮越さんというちょうど龍志と私のあいだの年の男性社員がいた。
熱があるのに無理して出社してきて、翌日には悪化して入院。
後遺症が酷く、そのまま休職から退職となった。
しかも高確率で伝染する感染症だったから部内パンデミックで、しばらく大変だった……。
「それは確かに、そう、ですね」
その彼を持ち出されたらなにも反論できなくなる。
そうだよね、管理職としてそんなことになったら大変だし、私も周囲に多大な迷惑をかけるのは嫌だ。
あのときは親御さんから子供にも感染し、本当に可哀想だった。
「わかりました。
お言葉に甘えて今日は無理せず休みます」
「うん」
私の決定を聞き、龍志はようやくほっとした顔をした。
「でも、家でできる仕事はしますので」
「だからー」
また一気に彼の機嫌が悪くなっていくが、譲るつもりはない。
「どうしても今日じゃないといけない仕事だけですよ。
急に休んで申し送りとかしてないじゃないですか。
今日返事をしないといけない、案件とかもありますし」
たぶん、COCOKAさんから返事が来ているはず。
きちんと対応してこれ以上、機嫌を損ねられては困るのだ。
「それだけやってしまったらあとは、おとなしく寝ています」
「……わかった」
呆れたように龍志が大きなため息をつく。
「絶対に無理をしないこと。
一時間おきに体温を測って体調とともに送ってくること。
それが守れるなら許可してやる」
一時間おきなんて面倒臭いと思ったが、きっとそこが彼の落とし所なんだろうから承知しておく。
「わかりました。
約束します」
「ん、絶対守れよ。
それで、食欲はあるのか?」
「あー、正直言うとお腹ぺこぺこです」
昨日は夜ごはんを食べていない。
お腹も空こうというものだ。
「わかった。
朝食、準備するな」
「よろしくお願いします」
感謝の気持ちでぺこんと頭を下げた。