「じゃあ、
月曜日の会議、荒れることもなくすんなりと今度のプロモーションで依頼するインフルエンサーが決まった。
フォロワー数だけではなく、ターゲットや自社カラーを考慮して選定した結果だ。
もちろん、宇佐神課長――龍志にもらったアドバイスも生かされている。
「COCOKAさんかー」
デスクに戻ってきてパソコンのスリープを解除しながら憂鬱なため息が漏れる。
私の中では彼女は候補から外していた。
よく言えば若くて元気な彼女だが、よく考えて発言しないのかたまに失言して炎上まではいかないがボヤを起こしている。
そこが彼女の味だと大多数の人は捉えているようだが、なにかやらかさないか心配だ。
「とりあえず、打診しなきゃ」
彼女たちへのコンタクト窓口からメールを送る。
COCOKAさんは一応、窓口が芸能事務所なのは安心した。
一時間ほど残業し、帰途に就く。
今日は龍志は接待なので、ひとりだ。
「ひっさしぶりのおひとり様ー」
邪魔されることなくスーパーで半額弁当と缶酎ハイを一本買って帰ってくる。
帰り着いたら洗濯機を回し、お風呂に入った。
龍志のところでごはんを食べるようになって習慣になっている。
ちなみに、私がお風呂に入ったりしているあいだに龍志は食事を作るという寸法だ。
お風呂からあがったら、ちょうど終わっていた洗濯物を干す。
「相変わらずデカいですね、と」
食事を作ってもらう代わりではないが、龍志の分の洗濯物も請け負っていた。
それに彼のものも一緒に干しておけば、市崎のような変な人間も寄ってこないんじゃないかという期待もある。
あれから市崎は迷惑防止条例違反と殺人未遂で起訴され、保釈されている。
保釈期間中になにかやれば罪が重くなるので普通はおとなしくしているものだが、あの男には常識が通じない。
もしかしたらなにかあるんじゃないかと怯えたが、今のところなにもなかった。
龍志曰く、あの男がなにかすれば彼だけではなく親兄弟も破滅する手を打ってあるので大丈夫……なのらしい。
とはいえ、信じられないが。
いや、龍志は信じるけれど、なんか胡散臭い。
「今日はだらだらするぞ、と」
缶酎ハイと温めたお弁当をテーブルに置き、サブスクで適当な映画を流す。
お弁当をつまみに、缶酎ハイを飲んだ。
龍志にごはんを食べさせてもらうようになってできなかった、私の日常。
ずっとやりたかったはずなのに、なぜか味気ない。
前はこれが当たり前だったはずなのに。
「……つまんない」
缶酎ハイを半分飲んだところでどうでもよくなった。
もそもそと残りのお弁当を食べてしまう。
……ああ、龍志の作る具だくさんなミネストローネが食べたい。
そんなことをぼーっと考えているのに気づき、龍志からがっつり胃袋を掴まれている自分に苦笑いした。
それから数日後は、COCOKAさんとの初顔合わせだった。
時間になり、指定のオンラインツールを繋ぐが、反応がない。
「間違ってないよね……?」
約束した時間を確認するが、間違いはない。
やきもきしながら他の仕事をしていたら二時間以上経って、メッセージが上がってきた。
【今からならだいじょーぶでーす】
「……は?」
それを見て軽く怒りが湧いたが、私は悪くないはずだ。
それに今からって、私はあと十分ほどで外打ち合わせのため、外出しなければならないのだ。
【すみません。
今から外出しなければならないので、日を改めたいのですが】
なんでこんなに遅くなったのかとか聞きたいが、時間がもったいない。
完結に要件だけを送るが、なかなか返信は来なかった。
苛々としながら外出の準備をする。
もう出なければならないという頃になってようやく、返事が来た。
【えー、そちらが打ち合わせしたいっていうからわざわざ、時間作ってあげたのに】
「……は?」
また私の口から同じ一音が漏れる。
もう一度、アポイントを取ったときのメールを確認するが、時間は間違っていなかった。
事務所が窓口だが彼女と直接やりとりをしたので、伝え間違いの可能性もない。
どういうことか考えようとしたが、それよりも時間が惜しい。
【明日以降で都合のいいお時間をお教えいただけますと助かります。
大変申し訳ありませんがただいまより外出いたしますので、帰ってから折り返しお返事いたします】
ばたばたとそれだけ送って、会社を出た。
なんか頭痛がするが……気のせいだと思いたい。
「うっ」
外打ち合わせを終えて帰ってきてパソコンを立ち上げ、届いているメッセージを見て苦悩の声が漏れた。
【わざわざ時間作ってあげたのに、変更してくださいってどういうこと?】
【天下のカゲツドーさんがそんなに不誠実だとは思わなかった】
【やっぱりこの仕事、受けるのやめよっかなー】
【なんか幻滅しちゃったし、みんなにもカゲツドーの化粧品、買うのやめるように言おうかな?】
言いたいことはたくさんある。
まず、約束の時間を断りなく破ったのは彼女だ。
そしてクライアントの会社を「カゲツドー」などと適当に呼ぶのもありえない。
社会人経験がないみたいだから仕方ないのかもしれないが、それでも自分が悪いのを棚に上げて言いたい放題は腹が立つ。
が、仕事を降りるだけならまだしも、これで周りの人間にうちの悪い噂を立てられるのは困る。
「……はぁーっ」
私の口から大きなため息が落ちていく。
気のせいだと片付けた頭痛は、レベルを大幅にアップして存在を主張してきた。
一度、席を立って痛み止めを飲み、戻ってきてキーに手をのせた。
【こちらの都合でお時間の変更のお願いをし、大変申し訳ございませんでした。
これからはこのようなことがないように善処いたします。
明日以降でご都合のよろしい時間をお教えいただけますと幸いです】
なんで向こうが悪いのにこちらがこんなにへりくだらねばならないのかとは思う。
しかし相手の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
「はあぁぁぁーっ」
メッセージを送り、再び私の口から大きなため息が落ちていく。
薬が効かないのか、頭が盛大に痛む。
それになんだか、くらくらする。
……あ。
これ、ヤバいヤツだ。
そう気づいた瞬間、誰かが私の身体を支えた。
「おい、大丈夫か」
すぐ近くで慣れ親しんだ匂いがして気が緩み、私は意識を手放した。