「誰がいいとかわからなーいー」
「うるさい、メシだ」
「あう」
テーブルの上にだらしなく顎をのせて携帯でニャオチューブを見ていたら、ごん!と頭の上に宇佐神課長からお皿をのせられた。
「……すみません」
落とさないように頭上のお皿を受け取り、テーブルにのせる。
さらに周辺に散らかしていたペンやノートを片付けた。
あっという間にテーブルの上には夕食の準備が調っていく。
お休みの今日は煮込み時間が取れるからか、ロールキャベツだ。
しかも私の好きな、トマトソースで煮込んだヤツ。
さらにチーズをのせて焼いてあった。
料理好きを公言していた彼らしく、部屋にはハイクラスのオーブンレンジが備え付けてある。
ストーカー事件が解決したあとも、私は宇佐神課長に餌付けされていた。
「なにをそんなに唸ってるんだ?」
スパークリングワインの瓶とグラスをふたつ掴んできて、宇佐神課長もテーブルに着いた。
「週明けにインフルエンサーの選定会議があるじゃないですか」
「家で仕事の話、禁止」
私の答えを聞き、みるみる課長の機嫌が悪くなっていく。
「だって、会社で各人の動画をじっくり見るとかできないじゃないですか」
彼に抗議しつつ、差し出された瓶をグラスで受けた。
「まー、それはそうだけどな」
「あ……」
瓶を受け取ってお酌しようとしたのに、流れるように課長は手酌で注いでしまった。
いつも、そう。
自分は私に注いでくれるのに、私にはお酌をさせない。
「仕方ないから相談に乗ってやる。
が、これは時間外だから別料金がかかるけどな」
「うっ」
にやりと唇を歪め、彼はワインをひと息に飲み干した。
「じゃ、じゃあ、いいです……」
宇佐神課長なら一緒に考えてくれると思ったが、仕方ない。
そうだよね、仕事中のジェントル宇佐神課長じゃなくて、家じゃ俺様宇佐神様だもの。
「まてまて」
しゅんと背中を丸め、ちまちまとガーリックトーストを食べていたら課長が慌てて声をかけてきた。
「別に金を取ろうっていうんじゃない。
ちょっとしたお願いを聞いてくれたらいいだけだ」
高額な報酬を要求されるとばかり思っていたので、希望が見えて顔が上がる。
「お願い、ですか?
それってどんな」
「あとで教える。
それで、インフルエンサーだっけ?」
さらっと話を逸らし、課長は本題へと移っていった。
「そうなんです。
どんな人がいいのか全然わからなくて……」
私も心配事項がそれだけに、つい乗っていた。
フェアを開催する化粧品シリーズのターゲットとなる女性像を書き出してみたが、この女性に響く相手というのがよくわからない。
そもそもターゲットとする女性像から間違っているんじゃないかという気すらしてきた。
「今度の商品のターゲットは誰だ?」
「若い女性です。
社会人生活もすっかり馴染んだ二十五、六歳。
趣味はスポーツ観戦と食べ歩き、ダイエット。
いろんなものに興味がある反面、飽きやすい。
ただしハマると、とことんハマる」
自分の分析が正しいのか自信がなくて、ちらりと宇佐神課長をうかがう。
「それから?」
しかし彼は先を促してきたので、さらに続けた。
「彼氏を作るより、趣味のあう友達と騒ぎたい。
食べることは好きだけど太るのも怖いので定期的にダイエットを始めるが、すぐに飽きる。
常に楽しいことを探し、各方面にアンテナを張っている。
友人が多く、活動的。
二、三ヶ月に一度、グルメとエステ目当てで韓国旅行に行っています」
具体的にターゲットとなる女性は私の目の前に見えている。
緩くパーマのかかった茶髪、太めのサーモンピンクのパンツ。
ブラウスはボリューム袖のアイボリーで、アクセサリーは大ぶりな感じだ。
「なあ。
そこまで分析できているのに、なんでわからないんだ?」
課長の疑問はもっともだが。
「私と違いすぎて、なに考えているのかわかんないんですよ……」
私の口から大きなため息が落ちていく。
休みの日は家でだらだらしていたいインドア派。
友達なんて片手で足りる。
太るのが怖いのは一緒だが、エステとグルメ目的でわざわざ韓国へ行ったりしない。
さらにスポーツはするのが苦手なのもあって、観るものあまり好きじゃない。
こんな私がキラキラ女子の思考を読むなんて、無理。
無理がありすぎる。
「違いすぎるって同じ女だろうが」
呆れるように言い、ワインを飲んだ課長にカチンときた。
「じゃあ、宇佐神課長は
今年入社してきた樺島くんはなんというか、独特の世界観を持っている。
いわゆるアニオタなのだが、最近多いお洒落なライトオタクでもテンプレ的なガチオタクでもない。
見た目は清潔感溢れる、宇佐神課長に負けず劣らずのイケメンなのに、仕事以外の話はなにを言っているのか理解不能で、アイツは異世界から転移してきた勇者に違いないというのが部内……どころか社内共通の認識だった。
そんな人間の思考など、読めるはずがない。
さらに宇佐神課長とは縁の薄い、アニメなど。
「わかるぞ。
『魔法少女にスカウトされましたが、僕は男の娘なんですが!?』だろ?」
自信満々に彼がにやりと笑う。
いや、そのタイトルはなんだ?
聞いたことないし。
そんなアニメ、存在するのか?
食事中に行儀が悪いとは思いつつ、携帯を掴んで検索をかける。
確かにそのタイトルのアニメは存在した。
ただし、放送局が恐ろしく少ない。
配信が主みたいだ。
短文SNS、ブルーバードも検索してみたが、「ピポ」という人が投稿しているだけだった。
「いや、これはないですよね……?」
まさか、こんな超マイナーアニメにあの彼がハマっているとは思えない。
「じゃあ、確認してみるか?」
今度は宇佐神課長が携帯を操作し始めたので、画面をのぞき込む。
そこには樺島くんとのトーク画面が開かれており、今季ハマっているアニメを問う内容が送られていた。
すぐに既読がつき、どきどきしながら返信を待つ。
【今季は『魔法少女にスカウトされましたが、僕は男の娘なんですが!?』が熱いです!
配信もあるんで宇佐神課長もぜひ観てください!
オススメです!】
「ほら」
宇佐神課長は勝ち誇っているが、ほんとに?
「実は、樺島くんに聞いたとか?」
「会社でアニメの話、禁止されてからアイツ、ちゃんと守って全然話してないぞ?
そういうところ、偉いなって思う」
うん、それは確かに偉い。
しかしそもそも、なんでこんなマイナーアニメを課長が知っていたんだろう?
「てか、なんでこんなアニメ、知ってるんですか?」
もしかして課長は隠れオタクとか?
それならありうる。
「んー、アニメとドラマは一応全部、簡単に内容は確認してるな」
「え……」
待て。
アニメとドラマ全部って、ワンシーズンにいったい、何本あるんだ?
視聴はしなくても全部のあらすじを確認するだけでもかなりの労力がいるはずだ。
「で、でも、なんで樺島くんがこれが好きだってわかるんですか……?」
それに全部チェックしていたとしても、樺島くんの好みまではわからないはず。
「ん?
アイツは少し、変わったものが好きだからな。
あと、変身ものとか。
恋愛系も興味が薄いし、異世界ものは完全にスルーだ。
これでもう、かなり絞れる」
こうやって聞くと樺島くんはオタクとしていろいろおかしいんじゃないかという気がしてくる。
いや、超マイナーアニメにハマっている次点で、立派なオタクなのか?
そしてそんな彼の思考が読める宇佐神課長が恐ろしい。
「なんですか、プロファイリングでも勉強したんですか」
もう、そうとしか考えられない。
「当たらずとも遠からず、かな。
人間観察が趣味なんだ」
にかっと爽やかに課長が笑う。
「そーですか……」
これはもう、考えてはダメだ。
宇佐神課長は特殊能力者だと割り切ろう。
「それでさっきの、ターゲット像だけどさ」
「はい」
話が戻ってきたので姿勢を正す。
「自分より上の、綺麗な人に憧れるか、自分と同じ程度の人間に親近感を覚えるかのどちらかじゃないか」
「あ……」
言われてみればそう、かも。
ダイエットやエステも定期的にやっているくらいだから、そういう情報も集めているはず。
「それで検討してみます!」
「おー、頑張れー」
などと課長は気楽な感じだが、これはあなたの課題でもあるはずですが?
それでも彼のおかげでなんとなくわかった気がしたので、感謝だ。