一応の紹介も終わったところで料理が出てきはじめ、食事をしながら話をする。
「とりあえず、宇佐神課長の話はおいておいて」
「ま、まあ、そうだな。
まずはストーカーの話だ」
兄も本題はそれだとわかっているらしく、宇佐神課長を睨みながらも話をする姿勢を作ってくれた。
睨まれている本人は、涼しい顔をしているが。
警察と笹西さんから聞いた話を兄にする。
兄もあらかたは警察から聞いており、補足で済んだ。
「結局、ソイツがナナにちょっかいを出したせいで、ストーカー男に逆上されてナナを危険にさらした、と」
憎々しげに兄が宇佐神課長を睨む。
課長を擁護したいが、事実はそうなだけになにも言えない。
「このたびは大変申し訳ありませんでした!」
大声とともに隣に座る宇佐神課長の姿が消え、あたりを探していた。
ようやく見つかった先で、彼は床に座って兄に向かって土下座していた。
「えっ、そんな!
頭を上げてください!」
私も椅子から降り、彼に頭を上げるように促すがびくともしない。
「七星さんを守ると誓いながら、危険な目に遭わせてしまいました。
結果として無事でしたが、もしかしたら死んでいたかもしれない。
本当に申し訳ありませんでした」
課長の頭がさらに低くなる。
彼がそこまで、負い目に思っているなんて知らなかった。
「宇佐神課長は悪くないよ。
お兄ちゃんのことも彼氏だって思い込んでたみたいだし、遅かれ早かれそうなっていたかも」
そうだ、あの日は運よくなのか、それとも一緒にいるときを狙ったのかわからないが、それでも宇佐神課長が一緒でよかった。
そうでなければ私はパニックになるだけで、刺されて殺されていたかもしれない。
そう考えると背筋が寒くなって、ぶるりと身体が震えた。
「ま、まあ。
オマエがナナを守ってくれたのには感謝する」
兄も同じ考えに至ったのか、気まずそうに課長から顔を逸らした。
「でも俺は、オマエを許したわけじゃないからな!」
しかしすぐに、兄が課長をまた睨みつける。
どうやったら兄が宇佐神課長を許してくれるのか皆目見当がつかず、途方に暮れた。
「私が七星さんを危険にさらした償いではないですが今後、あの男が二度と七星さんに関わり合いにならないように手を打たせていただきました」
宇佐神課長は顔を上げたが、相変わらず床に正座したままだ。
懐に手を入れ、内ポケットから出した書面を彼は兄に渡した。
市崎と取り交わした書類を兄に見せるので貸してくれと言われたし、それなんだろう。
渡された書類を兄は黙って読んでいる。
私が宇佐神課長に預けた書類は一枚だったのに、それは五枚ほどあった。
「オマエはこれで、本当にいいのか?」
書類を読み終わった兄が宇佐神課長を見る目は先ほどまでとは違い、憐れんでいるように見えた。
「はい、かまいません。
これで七星さんを守れるのなら」
答えた課長は強い決意で溢れている。
けれどどこか、苦しそうなのはなんでなんだろう。
「わかった。
ただし、ナナを不幸にしたら許さないからな!」
「はい。
お許しいただき、ありがとうございます」
宇佐神課長が兄に向かって頭を下げる。
どうやら決着したらしいが、あの書類にはいったいなにが書いてあったのだろう。
宇佐神課長がお手洗いに立ち、兄とふたりになる。
「お兄ちゃんがシスコンだとは知らなかったよ」
「シスコン……」
よほど嫌だったのか兄は水を飲みかけてやめ、情けない顔をした。
「俺はシスコンじゃない。
ただ、子供だと思っていたナナに彼氏ができて、動揺したというか」
気まずそうに兄が、首の後ろをぼりぼりと掻く。
「そうだよな。
ナナだってすっかり、いい大人だし」
嘲笑するように笑い、兄は今度こそグラスを口に運んだ。
学校でも社会に出て会社勤めをするようになっても、周りの人間は私を実年齢よりも高めに扱った。
しっかり者で周りから姐御なんて慕われていたのはその証しだ。
けれど兄だけは、いつも私を子供扱いして甘やかせてくれた。
たまに拗ねてみせながらも、それが本当は酷く嬉しかったのだ。
「私はいつまで経っても、お兄ちゃんの小さな妹だよ」
こんなことを言うのはいたたまれなく、熱くなった頬に気づかれたくなくて水を飲んで誤魔化す。
「そうだな。
でも、彼氏ができたんだから、ちーっとはお兄ちゃん離れしろよ」
「あう」
私の額を指先で突き、兄はにやりと人の悪い顔で笑った。
「それじゃまるで、私がブラコンみたいじゃない」
「自覚なかったのか?」
兄がうそぶき、顔を見合わせて笑っていた。
シスコンの兄にブラコンの妹はお似合いだ。
でも、兄は私の彼氏ではない。
これからは宇佐神課長と向かいあっていかないといけないよね……。
「そういや、あの書類って……」
「すみません、お待たせしました」
宇佐神課長が兄に渡した書類になにが書いてあったのか知りたくて、尋ねたタイミングで課長が戻ってきた。
「トイレが隣町にでもあったのか?」
兄が皮肉ってくるが、可愛い妹の彼氏というだけでそうしないと気が済まないのだろう、仕方ない。
「ええ、あまりに遠いので迷っている人がいて、案内していたら遅くなりました」
それに応じるように素知らぬ顔で課長が言う。
兄には悪いが宇佐神課長のほうが一枚上手だったようだ。
言い争っているふたりをちらり。
年は同じなはずだし、喧嘩するほど仲がいいともいうから、なんだかんだいって気があっているのかな?
「七星、なに笑ってるんだ?」
無意識に笑っていた私を、宇佐神課長が不機嫌そうに見下ろす。
「えっ、兄と宇佐神課長、仲良しになれそうでよかったな、って」
「だ、誰がこんなヤツと仲良しにになんてなるか!」
しかしすぐに、兄が嫌そうに否定してくる。
「まあまあ、そう言わずに。
お兄さん」
「オマエにお兄さんとか呼ばれたくないわ!」
どんなに頑張っても宇佐神課長に言いようにあしらわれている兄がおかしくてもう、大爆笑していた。
――しかし。
もうすっかり宇佐神課長が私の彼氏認定されているのはこう……複雑な心境だ。