「神に誓って連れ込んだ女とそういうことはしてない。
服すら脱がしてないし、……ああ。
直接、確かめてもらってもいい」
携帯を操作し、彼が渡してくる。
そこにはずらっと女性の名前が並んでいた。
「そうだ、このリストも不快だよな。
削除してしまおう」
私から携帯を取り戻し、また少し操作して彼は画面を見せてきた。
「ほら。
なんにもない」
「そう、ですね……?」
不安そうに課長が私の顔を見る。
宇佐神課長の携帯に大量の女性が登録されていたところで私は別になんとも思わない……嘘です。
ちょっと、いやかなり嫌な気持ちにはなるが、全部消せとまで強要するつもりはない。
なのに彼はどうして、ここまで私に信じてもらおうと必死なのだろう?
「どうやったら信じてくれる?
七星が信じてくれるんだったら、なにをやってもいい」
「あ、……いえ。
大丈夫、です」
宇佐神課長は嘘をつかない。
なぜかそういう信頼がある。
だから彼がそういう関係ではないというのなら、そうなんだろう。
――でも。
「商品研究や評判を聞くために女性を連れ込んでいたんですよね?」
「まだ疑っているのか」
課長の顔には信じてくれと書いてある。
その必死さについ苦笑いをしていた。
「いえ。
信じてます」
「よかった」
私の返事を聞き、彼はあきらかにほっとした顔をした。
「それで。
私が毎日、課長の部屋でごはんを食べていたら、そういう研究とかできないですよね?」
たぶん、課長は仕事熱心なんだと思う。
それにCMやポスター撮影時、モデルのメイクに口出ししていたのにも納得した。
化粧品会社の社員とはいえ、プロのメイクさんに比べたら素人なのに……と思っていたが、こうやって何人もの女性にメイクをしてきたから、いろいろな蓄積があるのだろう。
実際、宇佐神課長が言うようにやったらよくなったという事例もあとを絶たない。
「んー……」
なにか考えるように彼の視線が上を向く。
「まあ、別に?
趣味でやってたようなもんだし、七星と一緒に食事するほうが大事だしな」
へらっと締まらない顔で彼が嬉しそうに笑う。
おかげで頬が熱くなっていった。
「……そう、ですか」
なんかいたたまれなくなってちまちまと料理を口に運ぶ。
猫をかぶっている会社のジェントル宇佐神課長でも、家での俺様宇佐神様でもない、素の課長はこうやって私を惑わせて、たちが悪い。
食事の片付けはふたりでやる。
作ってもらっているんだし私が全部やると言ったが、ふたりでやったほうが早いからと押し切られた。
「明日、大丈夫なんですかね……」
明日は土曜で休み。
当然、普通の会社員をしている兄も休みなわけで、ストーカー事件の現状報告のために会う約束をしていた。
が、実際は私と宇佐神課長の関係を問い詰めるのが目的だ。
おかげで、今から気が重い。
「別に大丈夫だろ。
正直に話すだけだし」
なんでもないように言って宇佐神課長はお皿をすすいでいるが、その〝正直に〟が問題なんだって!
「また、私の彼氏とか言わないでくださいよ」
「なんでだ?
俺は七星の彼氏だろ」
また問題がそこに戻ってきて頭が痛い。
「それじゃ、いろいろ問題があるんですよ、問題が」
「どんな問題があるんだ?」
「それは……」
考えたけれどとくに思いつかず、食器を洗う手が止まる。
課長が私の彼氏だったところで、なにか問題があるんだろうか。
恋愛感情を抜きにすれば、部屋を行き来し毎日ごはんを食べさせてもらっている関係はもはや、付き合っているといってもいい。
しかし、そこにはやはり宇佐神課長は知らないが恋愛感情というものが存在しないわけで、ならばやはり恋人関係ではない。
「……私に好きな人ができたとき、二股しているとか誤解されると困ります。
……市崎みたいに」
苦笑いで皿洗いを再開する。
ストーカー行為は迷惑だが、そもそも市崎は私が自分以外の誰かと浮気をしていると無駄な勘違いをしていたわけだ。
もっとも、私は市崎とも付き合っていないが。
そこからいくと、自分は私の彼氏だと言い張る宇佐神課長も市崎と同じレベルだな。
「んー、七星に本気で俺以外に好きな人ができたときは、すっぱり身を引くから心配しなくていい」
最後のお皿をすすぎ、彼はかけてあるタオルで手を拭いた。
さらに私にも渡してくれる。
「まあ、七星が俺以外の人間に惚れるとかないけどな」
しっしっしと肩を揺らし、おかしそうに課長が笑う。
その自信はどこからくるのか聞きたいところだ。
けれど……私もないような気がしていた。
「わかりませんよ?
宇佐神課長より格好よくて優しくて、包容力のある男性が現れるかもしれません」
それでもわざと、強がって反論する。
「俺より顔のいい男とかそうそういないし、俺より優しくて包容力のある男とかいるはずがない」
「うっ」
それは……確かに俺様宇佐神様な部分をのぞけばそうなわけで。
いやいや、でも俺様なのは最大の欠点じゃない?
しかし俺様宇佐神様は強引だけれど、決して私が嫌がることはしない。
ならやはり、理想の恋人として百点満点なのか?
「せっかく目の前に最高の男がいるのに、二次元でもいそうにない超ハイスペックな理想を求めていると一生、結婚どころか彼氏もできないぞ」
「うっ」
それは的を射ているだけに、返す言葉がない。
「これだから初恋もまだな、処女のおこちゃまは困る」
「おこちゃまで悪かったですね!」
軽く怒っている私の肩を押し、課長は私を寝室へと連れていった。
「はいはい。
明日はお兄さんに会うんだから、綺麗にしとかないとな」
「あっ」
学習能力のない私はぽんと肩を押されて簡単にベッドに倒れ、そのままエステからマッサージコースで沈められた。