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第11話

定時になったが宇佐神課長は帰ってこない。

帰社予定は未定になっているし、私もまだ仕事が終わっていないのでしながら待った。


「インフルエンサー、どうするかな……」


リストアップされているニャオチューバーの動画を順に見ていく。

美容系はもちろん、お笑いタレントなどターゲットとなる若い女性に人気の人ばかりだ。

みんな有名人らしいが、私はよく知らない。

宇佐神課長にはまかせてくださいなんて言ったが、私はニャオチューバーにもVチューバーにも興味が薄かった。

テレビもあまり観ず、趣味は読書と映画鑑賞となればそうなる。


「誰がいいとかまったくわからない……」


なんかやたらとテンションが高く元気なタレントは見ていると頭痛がしてくるし、意識高い系の美容タレントは毎日こんなことをして疲れないのかな……?という疑問が湧いてくる。

そもそも、そんなふうに思っている時点で、私が今時の若者から外れているのだろう。

しかしその意識を変えていかねば、仕事はできない。


「わるい、遅くなった!」


うーとかあーとか唸りながら動画を見ていたら、宇佐神課長が帰ってきた。


「おかえりなさい、おつかれさまです」


「すまん、先方が飲みに誘ってくるもんだから、振り切って帰るのが大変で」


自分の席に行き、彼はパソコンを立ち上げている。


「まだやらなきゃいけない仕事があるんだ。

ここまで待たせておいてなんだが、七星はタクシーで先に帰れ」


課長が手招きするので近づくと、財布から一万円札を引き抜いて差し出してきた。


「えっ、いいですよ!

それより仕事、手伝えることはないですか」


「いや、しかし……」


私の申し出で課長が渋い顔になる。

もう八時を過ぎたし、部署に残っているのは私たちだけになっていた。


「ふたりでやったほうが早く終わるじゃないですか。

コピーでもなんでも命じてください」


「助かる。

ありがとう」


「いえ。

で、なにからやれば?」


私の顔を見た課長は笑ってくれて、ほっとした。


指示をもらい、自分の席に戻って作業をする。


「なあ。

晩メシ、なにが食べたい?

遅くなったし食べて帰ろーぜ」


目はパソコンに向けたまま、課長が話しかけてくる。


「そうですね……。

うどんとかどうですか」


きっと断っても課長は作りそうなので、そこは乗っておいた。

疲れて遅くに帰って、さらに料理をさせるなんてできない。


「うどん?

いいけど」


宇佐神課長は意外そうで、そこではっと気づいた。

うちは福岡出身なのもあってよくうどんを食べるのだが、普通はそうじゃないらしい。


「あ、別のでも全然」


もしかして気に入らなかったんじゃないかと慌てて取り消してみる。


「いや、うどんでいい。

駅前のチェーン、確か遅くまでやってただろ」


「そう、ですね」


「もしかして七星はうどんも好きなのか?

また新しい七星の一面が知れたな」


なぜか楽しそうに課長は笑っている。

そういうところはいいなと思った。


一時間ほどで仕事は片付き、会社を出た。


「さすがに会社周りはいないか」


一応、警戒するように周囲を見渡し、宇佐神課長が苦笑いする。


「……ここまでは勘弁してほしいです」


せめて仕事中くらいは邪魔せず、集中させてほしい。


駅前にあるチェーンのうどん店で夕飯を済ませる。


「……肉ごぼううどんとかしわおにぎりが食べたい」


うどんを啜りながらふと漏れる。


「肉ごぼう?

かしわおにぎり?」


不思議そうに問うた課長の眼鏡が、湯気で真っ白に曇る。

一度外して両弦の端を摘まんで軽く振り、彼は曇りが取れるのを待っていた。

そういう動作がなんか様になっていて、イケメンって狡い。


「あー、えと。

福岡では肉うどんにごぼう天をトッピングしたのがメジャーなんですよ。

で、うどんのお供は鶏肉の入った味ご飯、で」


慌てて笑って説明する。

ここは讃岐系なので、福岡系のそういううどんはない。

しかし疲れているとき、無性に食べたくなるのは中学まで過ごした福岡の、あの懐かしいうどんなのだ。


「ふぅん。

七星って福岡出身だっけ?」


「中学まで福岡でした。

高校からは父の転勤でこちらです」


なんかひさしぶりに福岡に帰りたいな……。

そう、実家はこちらにあるが、私にとって福岡とは帰る場所なのだ。

祖父母もあちらに住んでいるし。


「そうか。

また七星のことがひとつ知れたな」


つゆを飲み干し、課長が嬉しそうににぱっと笑う。

おかげで顔が熱くなり、どんぶりを抱えてつゆを飲むフリをして隠した。


座れない程度に混んでいる電車で、宇佐神課長は私を座席端のドア前に立たせた。

自分もその前のつり革……ではなく、さらにその上のバーを掴んで立った。

つい、その手に視線が向く。


「ああ。

高さがあわないんだ。

つり革掴んでると腕が疲れる。

こっちのほうが楽」


高さがあわない以上にあんなところに手が届く人がいるなんて思わなかった。

宇佐神課長、背が高いもんね。


疲れている人ばかりだからあまり話をするわけにもいかず、黙って電車に揺られる。

おかげで無駄に、すぐ目の前にある宇佐神課長の顔を観察する時間ができてしまった。

お肌がつるつるでこんな時間なのに髭の気配がないのは、もしかしたら脱毛しているのかもしれない。

兄なんか、毎日髭を剃るのが面倒臭いとかこぼしているくらいだもんね。

あ、顎にほくろ。

下というか首近くのほうにあるから前からだとわかりづらいけれど、こうやって見上げるとわかる。

ネクタイのブランドはどこなんだろう?

今日はシャドーストライプの濃紺スーツに臙脂のネクタイがよく映えている。

ブランドといえば眼鏡は?

まさか、この上等紳士に見える課長が、ファストの眼鏡ショップじゃないよね?

なんかこだわりのブランド品っぽい。


「なんかついてるか?」


あまりに私がじろじろと見ていたのか、怪訝そうに課長が聞いてきた。


「えっ、あっ、……なんでもない、……デス」


暇だったからって、恥ずかしすぎる。

おかげで語尾はぎこちなくなって消えていった。


「まあ俺は、七星はつむじも可愛いなと思って見てたけど」


妙なことを告げられ、おかげで顔がぼっと火を噴く。

というか、人のこと観察していたのは私だけじゃないじゃない!

おあいこだ、おあいこ。

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