月曜日。
「さあ、食べろ」
「い、いただきます……」
満面の笑みで私を見ている宇佐神課長の前で、若干、引き攣った笑顔で箸を取る。
なぜか私は、課長と朝ごはんを共にしていた。
土曜はあのあと、夕飯は買ってきた冷食で済ませるか……と思っていたら、ピンポン連打された。
『うちで食べるだろ?
てか、もうできてる』
と、そのまま部屋に連行された。
メニューは私の好きなチキンのトマト煮込みをメインにしており、さらにこれにあう白ワインがあるんだと飲まされ……寝落ちた。
翌日は当然、そのまま朝食コース。
さらにいちいちチャイム押すのも電話するのも面倒臭いと、宇佐神課長が購入したスマートスピーカーが我が家に設置された。
日曜の夕飯もそれで呼び出され、さすがに今度は寝落ちずに帰ったが今日もやはり呼び出され、こうやって朝食を共にしている。
「その。
作っておいてもらってなんですが、私、普段こんなに食べないので……」
宇佐神家の朝ごはんはとにかく豪華だ。
今日は具だくさんのお味噌汁に温泉卵、冷ややこと白和え、きんぴらごぼうに塩鮭までついている。
もちろん、ご飯は炊き立てだ。
「あー、七星、細っこいもんな。
じゃあ、無理のない範囲で食べろ。
あ、味噌汁だけは完食な」
全部食べろなど言わず、理解してくれるところは大変ありがたい。
が、箸で人を指してくるのはお行儀が悪いですよ。
まあでも、ややもすれば私たちとは違い育ちがよさそうな課長だが、こういう面を見ると普通の人なんだなとなんかほっとする。
朝食を済ませ、身支度を調えてマンションを出る。
道に出てなんとなく、宇佐神課長に身を寄せていた。
「朝もいるのか?」
「……たまに」
「んー」
さりげなく、課長が周囲を見渡す。
「おっ、いたわ」
それを聞いてびくっと身体を震わせていた。
まるで見せつけるかのように彼が、私と手を繋いでくる。
「もしかしたら昼夜逆転生活してるのかもな。
七星が会社から帰ってくる頃に起きて、出勤を見届けて会社に行っているあいだ、寝てる」
「そんなまさか」
だってその生活だと、仕事をする暇がない。
私が眠っているあいだに働いている可能性も捨てきれないが、それでも生活ができるほど稼げるのか怪しい。
ああでも、今は転売ヤーとか限りなく黒に近いグレーの仕事もあるし、そういうのとか?
「ありえるだろ。
昨日の夜も一昨日の夜も、七星が怯えるといけないから黙ってたが、外見たらアイツ、いたぞ」
「ひっ」
足が止まりかけた私の手を、宇佐神課長がさりげなく引っ張って歩くように促す。
おかげで不自然に見えてはいないはずだ。
「警察行って早く片をつけるぞ」
ぎゅっと繋いだ彼の手に、決心かのように力が入る。
それだけで安心できた。
今日の宇佐神課長はいつも以上に忙しそうだった。
「おつかれさま、です」
お昼を食べる暇もなさそうな彼にコーヒーショップで買ってきたサンドイッチとコーヒーを差し入れする。
きっとこんなに多忙なのは私のせいだ。
警察に行く時間を作ろうと頑張ってくれている。
「おっ、サンキュー」
私の顔を見上げ、彼はにぱっと笑った。
「今日はちょっと無理そうだけど、明日は必ず警察連れていってやるから安心しろ」
そう言いながら彼は、サンドイッチを囓りつつパソコンのキーを打っている。
「その。
ひとりでも大丈夫なので。
明日、午後休をいただけますか」
もう宇佐神課長が事情を知っている今、私ひとりなら時間を作って警察へ相談へ行くのも可能だ。
忙しい彼にそこまでさせる必要はない。
「ばーか。
俺が。
心配なの」
「あう」
持っていたボールペンの先で彼が私の額を突く。
「明日、絶対警察連れていってやるから大丈夫だ。
その代わり、ちょっとばかし仕事振るけど、頼むな」
「わかりました!」
私の顔を見て軽く頷いたあと、宇佐神課長はまたキーを打ち始めた。
私も自分の席に戻り、指示を確認する。
私のために時間を作ってくれているのだ、仕事を振られるのなんて問題ない。
「宇佐神課長、『
「ありがとう」
いつもは気にしない電話の取り次ぎが、なぜかそのときは気に留まった。
緑淡舎とは少し前に、弊社の化粧品の特集を組んでくれた出版社だ。
西坂さんはそのときの雑誌の編集長だったはず。
あのあと、あそことはお付き合いはないけれど、また新規広告の話でもあったのかな。
「私は出てきますので、あとはよろしく頼みます」
そのうち、宇佐神課長が鞄を持って立ち上がった。
私の席の後ろを通る際、肩を叩いてくる。
「帰ってくるから待ってろ。
遅くなりそうなときは連絡するから、タクシーで帰れ」
「かしこまり、です」
わざと若干、ふざけて返事をする。
笑った私を見て、彼も笑い返してくれた。
「じゃ、いってくる」
彼が身を屈め、身体を近づけてくる。
まさか、会社でキスする気かと身がまえたが。
「ここ。
数字、間違えてるぞ」
「うそっ」
画面の指を指された場所を慌てて確認する。
見てみると桁がひとつ多かった。
教えてくれて、ほんとに助かった。
「気持ちはわかるが、落ち着いてやれ。
絶対に俺がなんとかしてやるから」
「……はい」
柔らかく課長の手が私の頭を軽くぽんぽんし、思わずその顔を見上げていた。
「ん?」
私の視線に気づいたのか、軽く彼が首を傾げる。
しかしすぐに自分のやった行動に気づいたのか、みるみる耳が真っ赤に染まっていった。
「い、いってくる!」
怒ったように言い、足音荒く今度こそ課長が出ていく。
……無意識だったんだ、あれ。
ストーカーのことを考えて沈みがちな気分だが、ちょっとだけ機嫌がよくなっていた。